コラージュとパッチワークで行き着く”ポップス”
— 今回紹介いただく「Serph」はどんなアーティストですか?
音楽的には、打ち込み主体でデジタルなサウンドを構築していくエレクトロニック系のアーティストです。実験的なサウンドを特徴とするダンスミュージック「IDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)」のアーティストと括ってもいいかもしれないですね。
— 2009年にデビューしている、比較的長いキャリアを持つアーティストですよね。
そうです。僕はもともとIDMのような音楽にはそこまで詳しくないのですが、近年提唱しているジャンル「Bento Wave」の文脈に入るアーティストの一人として興味を持ち、再発見しました。その見立てが合っているのか合っていないのかはわかりませんが、以前ラジオ番組でその文脈で紹介させてもらった後にサンプル音源を送っていただいたので、おそらく怒られてはいないと思います(笑)。
— (笑)。
Serphさんを通して、バンド系以外のジャンルからも「Bento Wave」を考えるヒントをもらえたのかなと感じていますね。
— 具体的には、Serphさんのどのあたりに「Bento Wave」的要素を感じたのでしょうか?
Serphさんの音楽って、エレクトロニックなダンスミュージックから出発しつつ、DAW(コンピューターでの作曲システム)上のコラージュやパッチワーク作業によってポップスに行き着いたような作品が多いと思うんですよ。それがBento Wave的だし、その上で道筋がおもしろいと感じます。
— 道筋がおもしろい?
DTMが当たり前になって、学生さんぐらいの資本でもプロ顔負けのものが作れるようになったし、実際そういうZ世代のアーティストが現代にたくさん出てきていますよね。でも、Serphさんの場合、そういうミュージシャンとは成り立ちが違うんじゃないかと思うんですよ。ダンスミュージックからダンス要素を切り捨ててまで実験的サウンドを追求してきたIDMの文脈がありますが、その果てにエレクトロニックなアプローチでポップな音楽にたどり着いているんじゃないか?って。
実験的でありながらポップ。ゆるく聴くこともできる
— みのさんはどんな楽曲からSerphさんの音楽に触れたのでしょうか?
『RANDOM GIRLS』というコンセプチュアルなミニアルバムですね。タイトルの通り、サンプル音源の女性ボーカルをカットアップして作ったSerph流のポップスなんですけど、これが素晴らしいです。
また最近、DÉ DÉ MOUSEさんと「Nuovo Paradiso」という新曲を出したんですけど、これも『RANDOM GIRLS』と同じ流れにある作品なのかなと思います。
音楽って基本的にはリズム、メロディー、ハーモニーという3大要素で成り立っているとされていて、今でもほとんどの曲はそれに基づいて作られています。でも、コラージュやカットアップの比率が増えてくると、その3大要素に入らない「音色」の世界になってくるんですよね。もちろんリズム、メロディー、ハーモニーはあるけど、「まずコード進行を考えて、その上にメロディーを当てる」みたいな従来のソングライティングの考え方から逸脱してくる。
しかし、Serphさんはそうした「音色」を重視したソングライティングを行いながらも、どれもポップに聞こえる。これは「もっと騒がれてもいいんじゃない?」というくらい音楽的な発明なんじゃないかと思います。
— これまでいろんなアーティストを紹介してきたこの連載ですが、Serphは歴代でも特にアバンギャルドな音楽性の持ち主ではないかと思います。入門として、どんな曲や作品がおすすめですか?
やっぱり「RANDOM GIRLS」かDÉ DÉ MOUSEさんとの「Nuovo Paradiso」がいいと思います。実験的ではあるけれど、ポップですごく聴きやすいですからね。なんとなく「チルい」とかか「作業がはかどる」ってことで、ローファイヒップホップを聴く人って多いと思うんですけど、最初はそれぐらいの接し方でSerphさんの音楽を聴いてもいいんじゃないかと思いますね。
— なるほど。
最初はゆるく聴いていても、そこからいろんな発見が生まれてくると思います。「作業用BGM詰め合わせ」みたいに使い捨てられないくらい、色んなものが作品に詰まっていますからね。
現在の日本の音楽シーンは“新時代”を迎えている?
— どんな音楽が好きな人にSerphをおすすめしたいですか?
Serphさんは広く最近のアーティストとの接点が作れるアーティストだと思いますね。millennium paradeはじめ、DAW上の構築的な音楽はいろんなアーティストがやっているから、今のオルタナティブなアーティストが好きならみんな入っていきやすいアーティストだと思います。
— 中村佳穂さんとも接続できそうですよね。
そうですよね。中村佳穂さんはトラックをガチガチに作り込みながら、コアな部分では従来の作曲的な要素を強く持っている人ですが、その“従来の作曲的要素”を切り離すと、Serphさんみたいになるのかもしれないと思います。そういう点でも、ミレパでもVaundyでも、近年の宇多田ヒカルさんでも、Serphさんは地続きにいる存在じゃないかと思います。
— それと同時に、今の日本の音楽シーンって、音楽ファンも多少アバンギャルドな音楽でもナチュラルに受け入れて楽しめる人が多い気がします。
まさに最近、ビルボードのチャートを下位の方までしっかり見る機会があったんですけど「ここまでオルタナティブなアーティストが売れている時代って、日本ではこれまでなかったのでは?」って驚きました。
— すごくレベルが高いですよね。
メインストリームで売れているバンドやシンガーソングライターも、単なる売れ線ではなく、音楽的なクオリティーや冒険心を持っていますし、本当に「歴代でも一番の時代じゃないか?」と思うくらいの部分ありますよ。
— 最後に、Serphさんの新作アルバム『Apopcalips』はいかがでしたか?
めちゃかっこいいです。より攻めた方向でしたよね。
— ちょっとジャズっぽい要素もあったり、ジャンルの幅が広がった印象ですね。
DTM上でアクロバティックな発想の接続を試すみたいな、そういう側面がありますよね。もちろんそれは音楽的成果を得るためにやっているんだけど、音楽を非常に実験的な場として使っている印象がありますね。これがどう受け止められ、また新しいどんな音楽が作られていくのか、とても楽しみです。
Vol.1 全員10代の末恐ろしきバンド「chilldspot」
Vol.2 日本の音楽ファンに“命題”を突きつける「民謡クルセイダーズ」
Vol.3 ゆらゆら帝国以来の衝撃。オルタナロックの系譜に立つ「betcover!!」
Vol.4 フォークソングとしての普遍性と攻めたサウンドの融合「ゆうらん船」
Vol.5 すぐれたポップセンスで日本語を響かせるバンド「グソクムズ」
Vol.6 天才と呼びたくなるシンガーソングライター「中村佳穂」
Vol.7 謎多き新世代ミクスチャーバンド「鋭児」
Vol.8 バンドサウンドとBento Waveを融合させる「ペペッターズ」
Vol.9 渋谷系の真髄に迫るネオネオアコバンド「Nagakumo」
Vol.10 新世代らしい音楽との向き合い方を感じる「Mega Shinnosuke」
Serphさんからのコメント
この度はとり上げて頂き有難うございます!
新作「Apopcalips」は、古代文明とテレパシーのネットワークが入り乱れる
ミュータントのためのアウトサイダー・ポップです。
エレクトロニカとヒップホップ、クラシック、ダブ、ジャズなどなどを織り込み、楽器を弾かない人間が、『シーケンサーで即興する』スタイルで作った異形のビジョンになります。自由な音使いや、予定調和を突破する展開を楽しんでもらえれば最高です。
Bento WaveをよりWaveyに鳴らしていきます。
New ALBUM「Apopcalips」
2022.08.05(Fri.)Release
Streaming
Serph
東京在住の男性によるソロプロジェクト
2009年7月、ピアノと作曲を始めてわずか3年で完成させたアルバム『accidental tourist』を発表。以降、コンスタントに作品をリリースしている。2014年1月には、初のライブパフォーマンスを満員御礼のリキッドルームにて単独公演で開催した。2016年7月には、自らの代表曲をアップデートさせたベスト盤『PLUS ULTRA』を発表。2018年4月には、自身2度目となる4年ぶりのライブを再びリキッドルームにて単独公演で行い、見事に成功させた。2020年9月には、Walt Disney Recordsよりディズニー音楽の公式カバーアルバム『Disney Glitter Melodies』をリリースした。2021年4月には、Porter Robinson主催のオンライン・フェスティバル「Secret Sky 2021」へ出演した。
別名義Reliqでもこれまでに4枚のアルバムをリリースしている。自身の作品以外にも、他アーティストのリミックスやトラックメイキング、CMやWEB広告の音楽、連続ドラマの劇伴、プラネタリウム作品の音楽なども手掛ける。
みのミュージック
YouTubeチャンネル「みのミュージック」は現在38.1万人登録者を誇り、自身の敬愛するカルチャー紹介を軸としたオンリーワンなチャンネルを運営中。
Apple Musicのラジオプログラム「Tokyo Highway Radio」でホストMCを務めており、今年5月には自身初となる書籍「戦いの音楽史」を発行し活動の場を広げている。
text&photo:照沼健太