ロックのフォーマットで“新しい音楽”をやる巨星が現れた
— みのさんがbetcover!!を聴いたきっかけを教えてください。
担当しているラジオで紹介する新しいアーティストを探している段階で見つけました。まずアルバムがめっちゃいいというのが率直な印象でした。早速その週のラジオでかけたのですが、しばらくして僕のYouTubeチャンネルについたコメントで、betcover!!の「時間」が海外レビューサイトの上位にランクインしていると知りました。そこで改めて「時間」を聴き返して、やはり凄まじいなと思い、それからヘヴィーローテーションしています。
— 何度も「時間」というアルバムをヘビロテするなかで、betcover!!をどう捉えましたか?
「ロックで新しいことをやろう」という気概があると思いました。そしてそのスタンスが国内外のファンに刺さっているという、結構珍しい存在だと感じました。
— それはロックで新しいことをやるのが難しい時代だからですか?
世界的な音楽の潮流がR&BやHIP-HOPサウンドに傾くなかで、日本のバンドサウンドとしてのロックを全面に押し出しているのが素晴らしい。いわゆるフォーマットとしてのポップなロックではなく、狭義のロックというか。例えるなら、当時孤高の存在だったゆらゆら帝国を初めて聴いた時と同じような、他の追随を許さない凄みを感じましたね。
— 「時間」を含めて既に3枚のフルアルバムと2枚のepを出しています。非常に多作ですよね。
すごいペースで出していますよね。今年のWWWのライヴ音源がリリースされていますけど、バンドサウンドがすごく鍛え上げられている。おそらく首謀者の柳瀬二郎くんだけでなく、メンバーで作り上げているんじゃないかなと。
— 現体制ではギタリストは日高理樹。そして元Walkingsの吉田隼人、NITRODAYの岩方ロクローなど錚々たるメンバーが支えていますね。
ピースがガチッとはまったんでしょうね。ソロプロジェクトなのでテーム・インパラ*の首謀者ケヴィン・パーカーみたいにソロで楽曲の骨組みを作っているとは思いつつも、バンドサウンドが最大の魅力。現在のメンバーが入ったことで、このギターのグニャーンとした歪みが増して。よりタフで得体のしれないサウンドになった気がしています。ライヴアルバムを出すくらいですし、生で体験してみたい音だなと。
*注 ケヴィン・パーカーを中心とするオーストラリア発のサイケデリックロックバンド。4枚のスタジオアルバムをリリース、レコーディングでは基本的にすべての楽器をケヴィン自身が担当している。
— スタジオアルバムの最新作「時間」からはどの楽曲がいいと感じられましたか?
僕は「piano」という曲に良さを感じましたね。王道の進行の流れから“外している”のに、スッと入ってくるポップエッセンスも感じる。耳の肥えた海外リスナーにbetcover!!のヤバさに気付かれるのは必然でもある気がしました。
ちなみにそのサイトではキング・クルール*との類似点に言及しているのですが、僕個人としてはそこのつながりは感じなかったので、また海外からの視点では違った解釈もあるのかなと思いました。
*イギリス、サウスロンドン生まれのアーチー・マーシャルによるバンドプロジェクト。15歳の頃にズー・キッド名義で自身の楽曲をインターネット上にリリースし、話題を集めた。現在3枚のフルアルバムをリリースしている。
— 以前はエイベックス内のレーベルcutting edgeに在籍していましたが、完全に独立して現体制になったことがバンドとして深化していくきっかけになったのかもしれないですね。
多くの人に受け入れられるキャッチーな曲を作ろうとした時代を経て、今の攻めの姿勢があると捉えられるかもしれないですね。でも結果としては、それによってより多くの人に聴かれた。僕自身も「時間」から知った身なので。逆にcutting edgeに在籍していた当時はどんな楽曲だったんですか?
— 過去の楽曲は、今作の「時間」よりポップソングとしてのわかりやすさがある気がします。「平和の大使」は最近でもライヴで演奏されています。(ここで一緒に「平和の大使」を聞く)
確かに。とはいえ、サビでリズムチェンジする展開とか普通の人がやったら違和感で滑っちゃうものをごくごく自然にやってるんですね。やっぱり当時から凄いな。実はこのリズムチェンジってめちゃくちゃ高度なんですよ。「回転・天使」も3拍子のワルツで、ソングライティングのセンスが卓越したものがあると思います。ポップさといった意味でもフィッシュマンズの影響を色濃く感じますが、浮遊感たっぷりのこの曲を作ったのが10代。そして未だ20代前半。本当に末恐ろしい才能ですよね。
日本オルタナティブロックの系譜に立つ存在になる
— betcover!!入門としては、どの曲から聴くのがおすすめですか?
僕が見つけたアルバム「時間」からは「piano」でも「幽霊」でもいいですし。わかりやすいところだと「平和の大使」はもちろん、過去のエイベックス在籍時代の楽曲「異星人」などを掘ってもいいと思います。でも当時のアルバムにも10分越えの楽曲が入っていたり、かなり攻めていますよね(笑)。音楽をどういう風に楽しみたいかによると思いますが、どの曲もメロディーラインはしっかりしているので、わかりやすさは意外としっかり残っているかなと。
— ちなみに具体的にはbetcover!!のどこに新しさを感じますか?
恐らくですけど、彼らの世代ってHIP HOPやサンプリング文化が当たり前にあって。とはいえbetcover!!は必ずバンドサウンドを通過してこないとありえない味付けがなされているんですよ。そのバランスもおもしろい。ちゃんとロックなんだけど、デスクトップミュージック的視点もある気がする。そしてbetcover!!はどれだけポップソングのフォーマットから崩して振り切っても、メロディーラインが綺麗で立ってる。その点に凄まじさを感じます。
ついにZ世代の邦楽ミュージシャンが台頭してきた。音楽好きとしてはそれがうれしいですね。
— 読者のみなさんに「ここに注目して聴いてほしい」というポイントを教えてください。
ロックのフォーマットのなかで、懐かしさを感じさせつつもまったく新しいことをやろうとしているという点で、僕が考える日本の正統派のオルタナティブロックの継承者になりえるんじゃないかなと。ゆらゆら帝国はもちろんのこと、ナンバーガールをやっていた時期の向井秀徳といった音楽的文脈の延長線上にbetcover!!の世界はあるのかなと。その辺りを感じ取りながら聴くのもいいかもしれません。
— みのさん個人としてbetcover!!にどんな期待をしていますか?
スーパーカーの「Lucky」のような、オルタナティブかつポップな名刺代わりの曲があると、すぐに日本のシーンの中で広く聴かれるようになると思います。でも、そんな外野の声は気にせず、自由にやってもらいたい気持ちもあります(笑)。いずれにせよ、自分にとっては「新譜が出たら全曲ちゃんとチェックしないといけない」と思える、必聴のアーティストであることに間違いありません。
betcover!!
東京都調布市出身 柳瀬二郎率いるロックバンド
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みのミュージック
YouTubeチャンネル「みのミュージック」は現在33.3万人登録者を誇り、自身の敬愛するカルチャー紹介を軸としたオンリーワンなチャンネルを運営中。
Apple Musicのラジオプログラム「Tokyo Highway Radio」でホストMCを務めており、今年5月には自身初となる書籍「戦いの音楽史」を発行し活動の場を広げている。
text:冨手公嘉
photo:照沼健太