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“音の鳴る街 ー音楽、騒音、そして声”│歌舞伎町のブンガクに誘われてVol.6

歌舞伎町

コラム
歌舞伎町のブンガクに誘われて 鈴木涼美 音楽
DATE : 2022.09.08
かつて歌舞伎町に住み、キャバクラ嬢として働いていた作家の鈴木涼美さん。
街の住人として、お客さんとして、作家として、あらゆる視点でこの街と接してきた鈴木さんが、歌舞伎町に混在するカルチャーを起点に、街へ思いを巡らせる連載コラムです。

第6回は、歌舞伎町にあふれる”音”について。人はなぜ音楽を求めるのでしょうか…?

Vol.06 音の鳴る街 ー音楽、騒音、そして声

深夜、久しぶりに歌舞伎町のセット・サロンに寄ろうと思って区役所通りから花道通りの方に曲がり、旧ロボット・レストランの前を通って地下に降りるまで、一体どれだけの音を聞いたかと髪をアイロンでカールされながら考えていた。区役所前で溜まっていたスカウトマンのトーンを落とした喋り声、エンジン音、高収入アルバイトの求人サイトを宣伝するトラックの無限ループな歌、クラクション音、カラオケ店の一階から漏れ出るBGM、自分の踵から鳴る足音、一定の感覚で繰り返されるコンビニのコマーシャル音、そのすぐ脇に立っていた女の子二人の笑い声、ドレス屋から流れてきたクラブサウンド、実に多彩な音が流れている。

近くの建物の扉を開いて中に入れば、また違う音が聞こえる。すぐ近くにあるライブハウスではアニメみたいな格好をした女の子アイドルたちの歌声やファンの歓声、3年ほど前に新しくできたクラブの中は景気の良い曲がなり始める頃で、映画館では恐竜映画がもう始まっているのだろうか、つかぬ間の無音の後に爆音でハリウッドのサウンドエフェクトが響く。職安通りの方まで歩けば、その途中でバッティングセンターのボールの音がして、ビルの中で世界的なグループを夢見る韓国人の男の子アイドルたちが音楽に合わせて踊り、サムギョプサル店の肉が焼ける音は懐メロのBGMを凌ぐほどである。歌舞伎町の中は四六時中あらゆる音が詰まっている。人気の少ない午前中は、パチンコ店やドラッグストアの騒々しい音が遠くまで響く。

それを毎日変わり映えのしない騒々しい日常だと捉えることもある。ここに来れば何かしらの音に埋もれて、耳に残っていた友人の嫌味や傷付けられた一言をかき消すこともできる。結構真剣な話をしていても、ところどころに雑音が混じり、なんとなく地に足がついていないような、肩の力が抜けるような気分になる一方、大切な言葉が聞き取れなくて判断を誤る人もいる。静かなところで一息ついていれば追い詰められなかったかもしれないのにと思う。誰かの言葉が街の音の中で相対化され、届くべきところに届かないこともある。歌舞伎町のホストクラブの噂話から始まった掲示板が、どんなに他のメディアが流行を変えてもほとんど変わらず長く生き残ってきたのは、かき消されてしまうやり場のない声を吐き出すために必要とした人が居続けたからだろう。

毎日あらゆる音が鳴るそこを、音と光が途絶えることなく変化し、組み合わせは無限大で、全ての一瞬が唯一無二となる場所だと捉えることも”できる。”西日さす夕方、トラックの宣伝コールがなっている間に誰かがキーケースを落とし、その横をおしゃべりなアフリカンが通り過ぎて、コンビニの自動ドアが開けば、すでに”そこは”二度と体感することのない瞬間となる。人生最悪の瞬間をそこで迎えたとしても、それが二度も三度も繰り返されることはない。絶え間ない音と光の変化による空気の移り変わりは他のどんな場所より極端だから、時間の流れが一方通行で気づいた時にはもう別の瞬間を生きていることを思い出させてくれる。歌舞伎町でドラッグの売人を主人公とした映画『エンター・ザ・ボイド』を撮影したギャスパー・ノエ監督は煌びやかでサイケな雰囲気を持った都市のイメージから日本での撮影を思いついたと言い、「全く違う言語を話すことで、主人公に孤立性が生まれる」という効果を語っている。日本語を理解する私は、歌舞伎町の騒音をかき分けていくと、その半分以上の部分を言語としては理解することができるけれど、それでも歌舞伎町の音の中にいる時、私たちは孤立しているような気もする。それは目まぐるしく変わっていく音と光の組み合わせが瞬間と瞬間を別のものとすることで、私たち一人一人がそれぞれの瞬間の唯一の目撃者となるからなのかもしれない。

静けさの中で聞く川のせせらぎのような音は耳に届いてこないし、たとえ路上でバイオリンを弾いても通り一帯の注目を浴びるのは難しい歌舞伎町だが、あらゆる音の鳴る街だからこそ、生まれて育つ音もある。自然の音しかしない壮大な山の中や、夜に静まり返る私の地元の鎌倉の街で許容されない、新しい音が初めて鳴ることもあった。結成当初のスピッツが当時はまだ西新宿にあった新宿ロフトでのライブを最終目標として活動していたのは有名だが、その後実際に1989年に新宿ロフトワンマンを達成したほか、歌舞伎町の代表的なライブハウスだった新宿JAMにも出演している。5年前に閉店した新宿JAMは他にもザ・ブルーハーツやエレファントカシマシがデビュー前に出演していた、ある意味では伝説的な場所であった。

そんな中で渋谷や下北のように地名を冠するムーブメントのようにならなかったのはいかにも新宿らしい。渋谷系サウンドがある種の教養主義的な側面を持っていたのに対して、新宿にはそのようなジャンル形成を拒絶する力があったのかもしれない。新宿ロフトは歌舞伎町に移って以降、さらに間口を広げ、参加のジャンル的な敷居を意識せずに雑多なものをあえて取り込んでいった。小さな箱のクラブやバーが主流だった歌舞伎町の中に、最近ではWARPのような大型クラブや区役所通りのiP TOKYOが出現するなど、音の鳴る装置は新たな局面を迎え、来年4月には収容人員1500人規模のZepp Shinjuku(TOKYO)がオープンする。邪魔のない場所で音が鳴らせる幸福とは違う、パンパンに詰まった音の中に埋もれながら鳴らす音は、息が詰まるような緊迫感と自由を同時に兼ね揃えるだろう。無意味にガラスが割れる音も、意味を過剰に持たせるような台詞も、並列にしてしまうようなこの街のある種の乱暴さは、言葉を気軽に発する割には言葉を過信し、それに縛られるような時代に、その呪縛から唯一逃れる可能性を秘めているような気さえするのだ。

言葉による繋がりが部屋の中の掌の上で完結してしまうようになっても、人々が何かしらの繋がりを求めてここに集まる様子、疫病禍の昨今ですら一歩ホテルやキャバクラの扉を開くと人がひしめき合っていたような様子を見れば、わたしたちが言葉だけの共感や連帯だけでは満たされ得ないことを示していた。少なくとも私たちが歌舞伎町に集う時、必要なのはインクの染みでも台詞でもなく、身体性を伴った現実の音のような気がする。

鈴木涼美

作家。慶應義塾大学環境情報学部在学中にAVデビュー。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了後、日本経済新聞社へ入社。著書に『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎文庫)、『オンナの値段』(講談社)、『女がそんなことで喜ぶと思うなよ〜愚男愚女愛憎世間今昔絵巻〜』(集英社ノンフィクション)、『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(講談社)、『ニッポンのおじさん』(KADOKAWA)、『娼婦の本棚』(中公新書)、最新作に、初小説作品で芥川賞候補作となった『ギフテッド』(文藝春秋)など

text:鈴木涼美
illustration:フクザワ
photo:落合由夏

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