そんなコロナのクラスター発生源の代表格として、ネガティブに報じられていた「夜の街」で、最前線で闘ってきた男がいる。新宿・歌舞伎町でホストクラブやさまざまな飲食店を経営するSmappa! Group会長の手塚マキ氏だ。新宿区や歌舞伎町の同業者らと手を結び、真剣にコロナ対策に取り組んできた。
一方でコロナをテーマにした期間限定の飲食店「デカメロン」を歌舞伎町にオープン。ノートを使った筆談でコミュニケーションをとる〈筆談バー〉として、2階のギャラリーではさまざまなアートの展示も意欲的に行っている。
そんな「デカメロン」のカウンターでお酒を飲みながら、手塚に半年間の軌跡を尋ねた。
— 新型コロナウイルスの感染拡大で、4月7日に7都府県に緊急事態宣言が出され、東京都は名指しで、歌舞伎町などの「夜の街」に休業などを求めました。その頃から、手塚さんがやたらメディアに登場していた印象がありますね。
最初は、メディアに出る気は全くなかったんです。4月上旬に歌舞伎町商店街振興組合のご紹介で、岸田文雄政調会長に陳情する機会がありました。新型コロナウイルスの感染拡大を受けた政府の緊急経済対策について、「接待飲食業を除外しないで欲しい」という要望を、一般社団法人日本水商売協会やホスト業界、みんなでお願いしたんですね。でも、大きいホストグループの会長さんをはじめ、誰も行くと言わなかった。それで、結局僕がホスト業界を代表する形で行くことになりました。業界で長くやっていた使命感もありましたね。20年以上歌舞伎町にいて、大人な会話ができるような人は多くはないし、逃げるのもズルいと思ったんです。
— 当時は感染拡大の「犯人」であるかのように歌舞伎町が叩かれていました。
緊急事態宣言前の時に、実際みんな店を営業していたんですね。それで歌舞伎町が「夜の街」の代表みたいな形で叩かれるようになりました。歌舞伎町に来る人も少なくなったし、箝口令がひかれているレベルでみんなが黙っていた。その時期は僕も一切SNSをしなくなるくらい。それで風潮がどんどん悪くなっていったんですよ。うちだけでなく、どこの店にも毎日テレビとか電話の取材が来るようになって、水商売の人たちへの風当たりが強くなった。 感染症は本来場所が問題ではなく、それぞれの生活様式が問題じゃないですか? でも発生すると、「彼らが感染したのは不道徳だからだ」と中世の時代のように叩かれる。それで自分できちんと文章で発信しようと思い、フォーブスなどに記事を書きました。
— ひとくくりに「夜の街」を批判するメディアに説教していましたね(笑)
誰もクラスターを起こしたくないのに、発生させてしまった人たちに対して記者は「どんな感染症対策をしてるんだ?」みたいな揚げ足取るような内容ばかり。そもそもホストを自分達とは別の人種のように思っているような質問ばかりでした。プライベートを穿るような質問に対しては、あえて同様の質問を記者に返しました。そして同じ人間ですよ。と言いました。
歌舞伎町に行かなければ大丈夫。という物理的な考え方は感染症防止を遠ざける。実際にホストクラブ、ホストクラブと報道されることで、ホスト達自身もホストクラブでは危ないけど、外では平気という意識になってしまって、一歩外に出た時の感染意識の低下にも繋がったと思います。
— 感染者が突出して多かった新宿区が、感染者に10万円を支給する見舞金支給制度を創設したところ、若いホストたちがわざと感染し合ってお金をもらっているという噂も流れました。
ホストは行政の手続きは分からないし、「国からお金をもらうの怖い…」ってレベルですよ(笑)。
そもそも5月に東京都が示した「新型コロナウイルス感染症を乗り越えるためのロードマップ」にホストクラブは入っていなかったんですよ。それで、いつ営業再開していいかわからなかったから、多くのお店が6月1日に営業を再開しました。それで新宿区長の吉住健一さんに呼ばれたんです。
「コロナに罹った人が、どう見てもホストだけど、ホストと身分を明かしてくれない。身分を明かしてくれないと保健所も動けないため、二次災害が防げない。どうすればいいのか?」という非常に切羽詰まったご相談でした。
世間からは「営業するな!」と批判されているから、ホストたちは感染してもホストクラブで働いているって言わなかったらしいんですね。フリーターとか無職と嘘の申告をしていた。ロードマップにも示されてないし、営業させない権限もないし、保障もなかった。その中でどうした感染症を防げるかを考えるよりないですよね。
区長と会って僕も考え方が変わったのが、保健所の人たちが、めちゃいい方々だったんですよ。
「あなたたちがお店を営業させることが大事なのはわかっている。でも二次感染だけは防ぎたい」って話を熱意をもってしてくれました。
それで一緒に感染症対策を取り込もうと区長と話したんです。すぐにホスト経営者たちに電話したら、「行きたくない」って誰もが言うわけですよ。正直金だけ稼いで、もう別に悪者でいいや、みたいな雰囲気だったんですよ。批判ばかりされるし、何もしてくれないし、もう行政自体が敵みたいなものでした。
— ホストクラブもキャバクラや風俗店も、飲食店と違って固定客がいたため、コロナ期間中でも売上を大きく伸ばした店もあったという噂話も聞きました。
7月8月は売り上げの新記録出して、過去最高益の店もあったようです。水商売でダメージが大きかったのは銀座や新宿のクラブなど比較的高齢の方々が使うお店ですかね。あとは繁華街の飲食店。沿線沿いの居酒屋なんかはずっと賑わっていましたよね。歌舞伎町のキャバクラもそんなに売り上げは下がっていない。経済至上主義の中小企業の社長とかはゴリゴリお金使ってるんですよね。10万円の給付も性風俗関連に使う人も沢山いたみたいです。
— そんな状況下、手塚さんの号令で、数日後にホストたちがPCR検査を受けることになりました。
区長と約束したにも関わらず、ホストたちに断られた。それで夜中の2時ぐらいに「区長、ダメでした。ナメてました。ホストたちの行政に対する不信感が半端なかったです」とお詫びの電話をしたら、区長が「もう誰も来ないとしても2日待ちます」と。「手塚さん一人で来たとしても二日間待ちます」って言ってくれたんです。
それでじっくり考えたんです。歌舞伎町のホストや水商売の人間を区長の元に呼ぶにはどうすればよいのか? 彼らは自分たちが最高の仕事をして、金稼いでいればいいやっていう発想なんですよね。そこへ遊びに来るお客さん自体も気にしないんです。悪い人がいて当たり前だし、自分たちが相手にしているのは、そういう種類の人間たちだってことがきちんとわかっている。
そこで区長に、そんな彼らにとってメリットがあることをやる必要があると説明しました。彼らはビジネスだから、感染症を広げないためにとか、歌舞伎町からクラスターを発生させないようにしようといった道徳的な話は通用しません。
彼らが今、商売としてプラスになるような話、それがまず「風評」でした。風評を上げるために何かやりましょうという話をしました。
— それで生まれたのが、1人でも感染が判明した段階で、店の全従業員を対象としてくれるPCR検査と感染防止対策をまとめたチェックリストの配布などの、感染予防を呼び掛けるキャンペーンですね。
ホストグループもPCR検査を集団でパッと受診できるっていうのは非常にメリットだったんですね。また保健所とのホットラインも作ってもらいました。何日もかけて、僕が代わる代わる連れてきたホスト経営者たちに、区長が丁寧に毎回2時間以上を喋ってくれて、行政側に不信感を抱いていたホストたちも安心したことも大きかった。そこから一気に事態が好転したんですよ。
でもPCR検査を一斉に積極的に受けるようになったから陽性者数が増えちゃった。無症状なのに陽性だったので、みんなビックリしていましたね。10万円目当てにホストたちがコロナに感染しているというデマが流れたのも、この時期でした。
【新型コロナ】吉住区長×ホストクラブ手塚氏×西村大臣(その1)/「歌舞伎町の受け止めと対応」コロナ対策トークvol2
— ホストで働いている子はコロナ感染を恐れない感じなんですか?
そんなことはないです。実家には帰らなくても、自分の目に見える仲間とか知り合いに対する家族愛はめちゃめちゃあります。仲間には絶対感染させちゃいけないみたいなのはあるんですよね。結局コロナの話って、自分が見えない相手に対する想像力じゃないですか? 他人への想像力はあまりないかもしれませんが、身内への愛は強いですね。
— 手塚さんが新たに出店した「デカメロン」は、コロナをモチーフに作りました。コロナをテーマに店作りする人は手塚さん以外いないですよね。
私は言論人でもないし、医者でも政治家でもない。単なる商売人です。歌舞伎町でお店をやるっていうことが僕のある意味表現だと思うんですよ。この状況下で、何も表現してないっていうのは「息していない」のと一緒ですよね。その中で、どういうような表現をするかっていうのを店長のキヨちゃんと話して「デカメロン」が生まれたんですよね。
コロナ渦にあえて店をやらないと、今まで自分たちが歌舞伎町で商売していたことが、何か嘘になってしまうと思った。自分は別にアーティストではない。だけど人間として生きている意味として、この時代を生きている意味として、自分の思いを表現できなければ、面白くないですよね。そう考えるともうこの時期に、このお店をやることは当然だと思っています。
手塚マキ
歌舞伎町でホストクラブ、BAR、飲食店、美容室など10数軒を構える「Smappa! Group」の会長。1977年、埼玉県生まれ。歌舞伎町商店街振興組合常任理事。JSA認定ソムリエ。97年から歌舞伎町で働き始め、ナンバーワンホストを経て、独立。ホストのボランティア団体「夜鳥の界」を仲間と立ち上げ、深夜の街頭清掃活動をおこなう一方、NPO法人グリーンバードでも理事を務める。2017年には歌舞伎町初の書店「歌舞伎町ブックセンター」をオープンし、話題に。2018年12月には接客業で培った”おもてなし”精神を軸に介護事業もスタート。著書に、『裏・読書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ホスト万葉集』(短歌研究社/講談社)、『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』(幻冬舎)がある。
text:草彅洋平
photo:吉松伸太郎