2021年1月1日に公開された『燃えよデブゴン/TOKYO MISSION』や、現在公開中の『唐人街探偵 東京MISSION』は歌舞伎町が舞台になっている。日本にもたくさんの歌舞伎町を舞台にした映画はあるが、歌舞伎町が眠らない街であり、また様々な人々がそこに集まる街であるからこそ、これまでも数々のアジアの映画の舞台になってきた。
記憶に残っているのは1998年の日本映画『不夜城』だ。台湾と日本にルーツを持ち、当時、ウォン・カーウァイの映画『恋する惑星』(1994年)や『天使の涙』(1995年)が軒並み日本で公開され、人気上昇中であった金城武が歌舞伎町に生きる劉健一を演じ、香港のリー・チーガイが監督を務めている。
映画の冒頭で金城武が歌舞伎町を歩く長回しのショットからは、今とは少し様子の違う貴重な歌舞伎町の空気が漂ってくるし、劉健一が出会う謎の女性・夏美(山本未來)とふたり、車に乗って靖国通りを走るシーンは、「Unforgettable」の音楽も相まってそのネオン輝く街の魅力にうっとりしてしまう。
原作は2020年に『少年と犬』で第163回直木賞を受賞している馳星周。ハードボイルド小説で知られる彼は、ペンネームを香港のスター、チャウ・シンチー(周星馳)の漢字を逆にしているというエピソードからもわかるように、当時から香港映画にも造詣が深い。香港映画では、香港の街を舞台に殺し屋を演じたこともある金城だが、『不夜城』では歌舞伎町の街の中で、そういったシーンを再現しているのも興味深い。
もっともこの映画は、実際の歌舞伎町のシーンもあるが、美術によってつくられたセットのシーンも多い。この美術を担当しているのが、クエンティン・タランティーノの『キル・ビル』や『ヘイトフル・エイト』、スタジオジブリの『思い出のマーニー』なども手掛けてきた種田陽平であり、彼の美術にも注目したい作品である。
2007年公開の『龍が如く 劇場版』は、ゲームソフト『龍が如く』を三池崇史が実写化した作品。ゲームの世界では、歌舞伎町ではなく神室町が舞台になっているため、「歌舞伎町一番街」のゲートも「神室町天下一通り」と書き換えられてはいるが、ロケ地はまぎれもなく歌舞伎町。熱帯夜の歌舞伎町の湿度の高い風景が映画には刻まれている。
この原作となった『龍が如く』のゲーム版のシナリオ監修を先述の『不夜城』の原作者・馳星周が行っているのも偶然ではないだろう。また、『新感染 ファイナル・エクスプレス』や『82年生まれ、キム・ジヨン』や、現在公開中の『SEOBOK/ソボク』などに出演している韓国のトップスターのコン・ユが、三池崇史の世界観の中でスナイパーを演じているのも見逃せない。
2009年の『新宿インシデント』は、イー・トンシン監督のもと、ジャッキー・チェンがアクションはほとんどなしで、演技で見せることに挑んだ作品。日本からも加藤雅也や、一瞬だが若手時代の斎藤工も出演している。
ロケの多くは神戸の街でも行われているが、ときおりジャッキーがアルタ前や新大久保の線路沿いで撮影しているシーンも貴重である。特に、中国からの密入国者として歌舞伎町に流れ着いたジャッキーが、組織のボスの命を救ったことがきっかけで裏社会の人間となり、新宿を任されるときに花園神社で撮影しているシーンが印象に残る。
2021年1月1日に日本で公開された『燃えよデブゴン/TOKYO MISSION』は、ドニー・イェン主演、谷垣健治監督の香港映画である。香港の公開は2020年の1月23日。つまり、香港の春節(旧正月)映画である。春節映画というのは、昔からトップスターが主演の娯楽大作が公開になるもの。それを、ジャッキー・チェンに憧れ香港に渡った谷垣が手掛けると聞いたときは胸が躍った。ちなみに、谷垣は先述の『新宿インシデント』でもアクション・コーディネーターを担当している。歌舞伎町の映画を追うと、こうした繋がりが見えてくるのも面白い。
映画はドニー・イェン演じる刑事が、ある事件をきっかけに閑職に追いやられ、恋人とも破局、おまけに足を骨折して暴飲暴食に走って激太り。そんなある日、彼は日本の事件の容疑者を護送する任務を命じられ、日本で新たな事件に巻き込まれていく。何も考えずにアクションに興奮し、ドタバタのコメディで大いに笑えるのが、まさに正統派の香港の春節映画という感じで楽しい。『ゴッド・ギャンブラー』シリーズなど、数々の春節映画を手掛けてきたバリー・ウォン(本作での表記はウォン・ジン)も制作や脚本で関わっている上、役者としても出演していることにも注目だ。
日本からも、『HiGH&LOW THE MOVIE 2 / END OF SKY』や『るろうに剣心 最終章 The Final』などにも出演の丞(じょ)威(うい)が、ドニー・イェン相手に「ラスボス」としてアクションを繰り広げる姿は胸がアツいし、彼がドニーから「ニコラス・ツェーに似てるからって偉そうに」と言われるシーンにも香港映画ファンならニヤリとさせられる。ちなみに、『燃えよデブゴン/TOKYO MISSION』のアクション監督も、『HiGH&LOW』シリーズのアクション監督であり、映画『るろうに剣心』『るろうに剣心 京都大火編 / 伝説の最期編』のスタントコーディネーターを手掛けた大内貴仁が担当している。
歌舞伎町が主な舞台のひとつとなっている本作。ドニーと再会した恋人のホーイが大久保の歩道橋から靖国通り沿いの歌舞伎町を見渡すシーンや、築地のシーンなどは実際にロケしたのだと思われるが、この映画の特筆すべきところは、歌舞伎町のシーンでは街自体がセットで組まれているところである。歌舞伎町や東京タワーのセットは深センのスタジオ内に組まれたものであり、このセットについて監督の谷垣氏は自身のTwitterで、「歌舞伎町だけでなく思い出横丁や中華街、ゴールデン街の印象も盛り込んでいる」と語っている。
現在公開中の中国映画『唐人街探偵 東京MISSION』も歌舞伎町など、東京を舞台にした作品だ。本作は、2021年の中国の春節映画として2月12日に公開されると、公開4日間で30億元(約490億円)の興行収入を記録し、また全世界オープニング週末興行収入No.1の新記録を樹立した。
この映画はシリーズ作品で、一作目はタイのバンコクで、二作目がニューヨークで撮影され、どちらも大ヒットを記録。東京を舞台にした三作目では、妻夫木聡も探偵として出演している。
叔父のタン・レン(ワン・バオチャン)と甥のチン・フォン(リウ・ハオラン)のデコボココンビの探偵が東京の空港に着き、彼らを迎える妻夫木演じる探偵・野田昊が両手を広げ、「ウェルカム・トゥ・TOKYO!」と叫ぶと、同時に三代目J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE(以下、「三代目」)の『Welcome to TOKYO』が流れはじめる。そこから、名古屋に作られたセットだという空港での400名のアクションシーンがくりひろげられるのだが、その華やかさ、景気の良さに気分がブチ上がる(『HiGH&LOW』シリーズファンなら、三代目の曲と大人数アクションの組み合わせにも興奮するだろう)。
三代目の曲は、まるでこの映画のこのシーンのために作られたのかと勘違いしてしまいそうなほどの見事なマッチング。中国での公開版でも使用されていて、この曲の評判は上々だったようだ。この映画のために公式に動画コメントを寄せたメンバーの山下健二郎も、「SNSまわりでも中国の方のフォロワーが増えたりした」「『Welcome to TOKYO』に掛ける僕たちの想いとすごくマッチしていて、世界に向けて発信して、いつか繋がればいいなという、僕たちも裏テーマがあったんです」と語っている。
本作は、渋谷のスクランブル交差点を撮影するために、日本国内にセットを作ったというエピソードもある。このセット、当初は撮影後に解体の予定であったが、栃木スタジオシティプランニングが運営を続行し、その後もNetflixの『今際の国のアリス』や、映画『サイレント・トーキョー』などでも使われている。
また、歌舞伎町のシーンは、新宿駅を降りるとすぐに歌舞伎町が広がっているように映画の中では見えるのだが、これも歌舞伎町のシネシティ広場に、新宿駅のセットを組んだもので、そこから探偵たちは歌舞伎町一番街にカートや自転車で繰り出す。ほかにも、西新宿や秋葉原、浜離宮庭園など、さまざまな場所でロケを行っていて、日本に住んでいても旅行気分が味わえる。
その後エンディングでは、シネシティ広場のシーンの撮影に参加した妻夫木やエキストラなどが大勢でテーマ曲に合わせて踊る場面も映し出される。さまざまな場所から集まって来た人々が、笑顔でひとつになって踊っているのを見ていると、こちらも自ずとハッピーな気分になっている。
昨今はコロナ禍で、世界中の人々が旅行に出かけることもままならず、中国の広東省では歌舞伎町や渋谷を模した商店街ができたり、北京には歌舞伎町一番街の入り口を模したネオンがある焼肉店ができたりと、東京への旅行気分を味わう人の存在がニュースになっていたりもする。
日本で暮らす我々にとっても、海外の目を通して、新たな東京の魅力を再認識できるのが、2021年の『燃えよデブゴン/TOKYO MISSION』や『唐人街探偵』であったが、これだけ街の魅力があるのであれば、東京から海外に向かっても街の魅力を発信できるのではないかと、可能性も感じることができる作品であった。
『燃えよデブゴン/TOKYO MISSION』
©2020 MEGA-VISION PROJECT WORKSHOP LIMITED.ALL RIGHTS RESERVED.
Blu-ray、DVD発売中
発売元・販売:ツイン
公式サイト
『唐人街探偵 東京MISSION』
7月9日(金) 全国ロードショー
©WANDA MEDIA CO.,LTD. AS ONE PICTURES(BEIJING)CO.,LTD.CHINA FILM CO.,LTD “DETECTIVE CHINATOWN3”
配給:アスミック・エース
公式サイト
西森路代(にしもり みちよ)
フリーライター。愛媛県松山市生まれ。テレビ局に勤務後に上京。派遣社員、編集プロダクション、ラジオディレクターを経てフリーランスに。著書に『K-POPがアジアを制覇する』(原書房)、共著に『韓国映画・ドラマ――わたしたちのおしゃべりの記録2014~2020』(駒草出版)、『「テレビは見ない」というけれど エンタメコンテンツをフェミニズム・ジェンダーから読む』(青弓社)、『脚本家・野木亜紀子の時代』(株式会社blueprint)などがある。
Text Edit:西森路代