新・歌舞伎町ガイド

エリア

FOLLOW US:

【Story】Vol.1 「悠久の歌舞伎町」文:内田英治

歌舞伎町

コラム 観る
ドラマ 映画
DATE : 2019.09.20

  新宿が、好きである。そう、私は代表的な、繁華街と呼ばれるエリアのなかでは圧倒的に新宿が好きなのだ。名指しで申し訳ないが、渋谷や恵比寿のように洗練された場所より新宿が好きであるし、行くことも多い。なぜこんなに好きなのか。それは私がブラジルで生まれ育ったことに関係があるのかもしれない。ブラジルは人種のるつぼとして、あらゆる人種や文化が混在している国である。それはまさに、歌舞伎町そのものではないか。あらゆるものが流入して独自の文化を遂げた街なのかもしれない。私は映画も音楽もキラキラよりもギラギラしたものが好きである。その結果、街もギラギラと力強い街が好きなのだ。それが歌舞伎町に魅了される一因なのだろう。

 1991年の夏、私は20歳で、新宿アルタ前で九州から出てきた幼馴染と初めて待ち合わせをして、初めて歌舞伎町の安居酒屋で酒を酌み交わしたのをよく覚えている。当時、バブルは崩壊していたが歌舞伎町は変わらず異様な存在感を発しており道行く人々を圧倒していた。映画監督を夢見るだけの、ただの映画青年だった私は、連なる映画館で深夜三本立てを見に行ったり、紀伊国屋で映画の専門書を買い漁ったりしていた。

 そんな青年時代。まさか30年後に歌舞伎町を舞台にしたドラマを演出することになるとは夢にも思っていなかった。私が脚本・監督として参加したNetflixのオリジナルドラマ『全裸監督』は80年代の歌舞伎町がセットとして再現された。80年代の新宿には小さな出版社や印刷会社が集まっており先鋭的なクリエイターも多かった。そしてそこは、その後巨大なアダルト帝国が築かれる礎となり、ドラマの重要な舞台となったのだ。

スタジオには80年代の歌舞伎町の(もちろんドラマでも視聴することができるが)風俗文化がリアルに再現され。路地裏や店舗などが、当時の雰囲気のまま蘇った。

 作品として歌舞伎町の何を表現すればいいのか?それはセット建造にあたり大いに議論された。もちろん80年代の歌舞伎町と現代では、様々な部分が大きく変化している。ノーパン喫茶や、テレホンクラブや、怪しげなビデオショップなど今では消えた風俗文化も多い。象徴でもあった噴水はなくなり、コマ劇場跡にはゴジラがそびえ、文化人たちの通ったゴールデン街は海外からの観光客で埋め尽くされている。私と、武正晴総監督はそんな歌舞伎町をじっさいに練り歩き、ああじゃない、こうじゃないと夢中になりながら構想を練った。とくに少しだけ先輩である武監督にとって歌舞伎町は特別な街であったようだ。彼の大学生時代の思い出は、ひとつのリアルな時代考証としてしっかりと『全裸監督』に組み込まれた。

 こんなエピソードもある。ある日、監督やスタッフたちと打ち合わせしていたときのことだ。私たちは、新宿や歌舞伎町を舞台とした古い写真集や雑誌から情報を収集していた。その雑誌を見ているとき、武総監督の手が止まった。

「あれ…、これ俺じゃないかな」

 そう言って写真集に掲載されている一枚の写真をじっと見つめていた。その80年代後半に撮影された写真には、噴水に大勢の大学生たちが集まっているのが写し出されていた。

「やっぱりこれ俺だよ!ほらここ!」

 大勢いる学生たちの中で、当時流行のMA-1を羽織った幼い学生が小さく写っていた。それが武総監督であったのだ。そう、まさにこれが歌舞伎町なのだと唸った。長い時間が経っても、どこかで現代とつながっている街。戦後、高度成長期、バブル、崩壊、そしてドンキホーテやゴジラがいる現在まで、すべてつながっているのだ。申し訳ないが他の街は違う。

若者文化や流行に合わせて次々に街の表情が生まれ変わってゆく。大切な何かがどんどん切り捨てられてしまう。その結果、文化は混在せず、消費だけされてしまう。私はそんな街は好きになれない。混沌と、妖しき光を放ちながら、よく分からん人々が蠢き、それは時代のうねりとなってゆく。そんな場所が好きなのである。

 現在、どこの街も同じ高層ビルや、同じような飲食チェーン店が立ち並び、すべての街が画一化されてゆく寂しさがある。映画で街の風景を撮影するさい、やはり個性的な街を撮りたい。映画も街も、多様性こそが魅力だからだ。歌舞伎町は今までも、そしてこれからも永遠に、ギラギラと、様々な色の光を放っていてほしいものだ。

内田英治

ブラジル、リオデジャネイロ生まれ。集英社『週刊プレイボーイ』記者として10年間活動の後、ドラマ『教習所物語』(2000年TBS)で脚本家デビュー。14年に『グレイトフルデッド』を撮影。本作は北米を代表するファンタ映画祭FANTASTIC FESTをはじめ各国主要映画祭で上映。イギリス・ドイツで配給される。16年『下衆の愛』はテアトル新宿にてスマッシュヒットを記録、世界30以上の映画祭で上映。その後の『獣道』を経て、2019年はNETFLIXオリジナルドラマ『全裸監督』の脚本・監督を担当。またテレビ東京ドラマ24『Iターン』でも全話の脚本・監督を担当する。

text:内田英治
illustration:長尾謙一郎
photo:阪元祐吾

こんな記事もおすすめ