新宿・歌舞伎町には訪れる機会も多く、これまでにいくつもの印象的な場面に出会ってきたと言う。
生々しく、愚かで、愛おしい、そんな人間たちのドラマを何本も描き出してきた山田。
そんな彼女が、新宿・歌舞伎町で目の当たりにしてきた光景を、独自の視点から物語としてアウトプットしていく毎月更新のエッセイ。
Vol.4「人類進化論」
「香水くせえな……」
これは喫茶店に入ったときに萎えてしまうポイントのひとつなのだけど、この日は特にひどかった。大盛況な店内には所狭しと客がいて、窮屈そうに店員は注文を配膳していた。尻を突き出すような姿勢になって注文を置く状況に同情の念を抱きつつ、周囲を見渡すと匂いの主は体格の良いメンズで、彼は強くあてた前髪パーマを手で持ち上げるようにしながらYouTubeを嗜んでいた。
国籍も宗教も同じなのに何でそんなにキツイ匂いを発するのかしら。むしろ体鍛えてんだったら己の体臭で勝負せえよ、なんて鼻白んだ気持ちになりながらも耐え忍んでいると、不本意ながらも鼻が慣れてくる。しかし我が実家あるある的に言うならば、学区内の中学校に進学するともれなく養鶏所スメルがセットになると教えられたときと同じ。慣れてくれば何とも思わなくなるから大丈夫!と意味のない鼓舞を兄姉からされた恐怖に浸り(これが嫌で中学受験を決めた)、嫌だなあ嫌だなあと、稲川淳二さんが唱える文句みたいに嫌悪感を募らせていた。
そういえば動物は発情期になるとフェロモンを発散するために匂いがキツくなるらしい。サファリパークで飼育されている野性味を失った雄もそうだし、手のひらの上で餌を頬張ってる小動物たちでさえ発情すると体臭が強烈と聞くから、おそらく例外なんて存在せず、すべての雄たちが強い色香をぱっぱっと発しているのだろう。
そう考えると、わたしたちはこの男性フェロモンと永遠とお付き合いしていかねばならないことになる。勿論女性だって体臭ぐらいある。浴びるように飲酒してきた翌日の布団は何だか臭うし、夏場の脇の下や靴下なんて男性諸君の想像を絶するものだと思う。もはや何でこんなことを書いているのかと悲しくもなるけど、女性だって人間だ。オシャレや可愛いとかけ離れる瞬間なんてめちゃくちゃある。
じゃあお互いさまだし、男性がつけるキツめの香水ぐらい目をつぶるべきなんじゃないかしら。「もともと何処吹く他人だから価値観はイナメナイ」(※)ってSMAPが歌っていたし、趣味嗜好が違うことに目くじら立てても仕方ない。ましてや大人になれば受け流せることが美徳なときだってあるけど……でも、なんて悶々としていると耳に力強い言葉が飛び込んできた。
「アイツはさあ、財力あるから。絶対生活水準落としたくないし」
テーブルを四方に囲んで、隣席では眩しい肌を露出させたギャル集団が議論していた。当然女性が集まれば恋バナはプリセット。屈託ない笑顔を浮かべながら、男性に求めるのは当たり前に経済力だと模範解答のような発言を連発する彼女らには一切の迷いがなく、女性同士の気楽な時間を楽しんでいるように見えた。
いつだって自分に自信がある女性が勝てるように世界はできてる。
きっと彼女たちの会話に加わっても、他人に気兼ねしてばかりいるわたしなんて超ダサいと言い放たれて終わりだろう。それでも彼女たちみたいに強くなりたくて、自分に自信を持ちたくて、何度でも話しかける。そういう図々しさは持ち合わせているし、憧れているのは嘘じゃないから余計にしがみつく。するとある時、彼女たちのひとりが泣いて悔しがってる姿を見かける。どんな女性でも弱いときは弱い。でも泣くときに彼女たちは支え合うし、優しいからどんな状態でも受け入れる。しかも泣いてしまえばすっきりおしまい。さっぱりしている姿は粋でかっこ良くて、わたしはまたウザいぐらいに話しかけるんだと思う。だから、自分らしさを失うことも他人に自己評価を委ねることも、彼女たちにしてみれば皆無で、きっと男性の匂いなんて単純な話でしかないのだ。嫌なものはアウトオブ眼中。好きなものは是が非でもゲット。いやあ、やっぱりギャルって雌豹最強。
そんな感嘆のため息を漏らしていると、向かいの席では偏見増し増しでモテなさそうな男性が、うさぎみたいなガールにフェロモンをぱっぱっと発していた。しかしガールは露ほども気にかけず立ち上がると喫煙ブースに向かい、男性はひとりじっと沈黙を決め込んでいた(気の毒に)。
うさぎガールも雌豹ギャルもしっかり歌舞伎町で生きてる。それに野添義弘さん似の店長は長時間滞在でも優しいし、まだまだORANGE RANGEで盛り上がれそうな俺たちの季節は続く。フェロモンぶっ放していこうぜ。
※作詞・作曲: 山崎将義、1997年、SMAP『セロリ』より引用
山田佳奈(やまだ かな)
1985年4月6日生まれ。神奈川県出身。レコード会社のプロモーターを経て、2010年、劇団「☐字ック」を旗揚げ。ライフスタイルが自由化された現代社会においてのコミュニケ―ション欠如や、大人になりきれない年齢不相応な自我に対して葛藤する人間を描く。2020年の劇団10周年に、所属俳優を持たずに山田佳奈作品の舞台制作を行う場として単身新体制になる。また劇団前期代表作である『タイトル、拒絶』を初長編映画として自ら監督。大きな話題となったほか、Netflix『全裸監督』の脚本なども手がける。36人の監督による短編映画制作プロジェクト「MIRRORLIAR FILMS」に参加、2021年に全国公開される予定。初の書き下ろし小説『されど家族、あらがえど家族、だから家族は』(双葉社)が発売中。
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text:山田佳奈
illustration:師岡とおる
edit:野上瑠美子