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【COLUMN】山田佳奈の“徒然なるままに、新宿の片隅で人々は、” Vol.5「水槽みたいな街」

歌舞伎町

コラム
山田佳奈 映画 演劇
DATE : 2021.10.14
劇団「☐字ック」を主宰しながら全作品の作演出を務めるほか、脚本家、映画監督など、気鋭のクリエイターとして注目を集めている山田佳奈。
新宿・歌舞伎町には訪れる機会も多く、これまでにいくつもの印象的な場面に出会ってきたと言う。
生々しく、愚かで、愛おしい、そんな人間たちのドラマを何本も描き出してきた山田。
そんな彼女が、新宿・歌舞伎町で目の当たりにしてきた光景を、独自の視点から物語としてアウトプットしていく毎月更新のエッセイ。

Vol.5「水槽みたいな街」

気ままに綴っている連載もぼんやりと季節を跨ぎ、歌舞伎町にばかりいると驚くことも少なくなっていく。

出勤前であろうロングヘア麗しい女性を眺めていると、揺れるピアスをしたグラサン男性がトイレから出てきて、夜職だったのはあっちのほうか、なんて思うことがあったり、派手なアロハシャツでスキンヘッドという強めな男性が、昨今の痛ましい事件やいじめについて胸を痛めていたり。

人は見た目だけでは判断がつかない。それもそのはず、この街では外見なんていうのはただの記号に過ぎないのだ。

それは髪の毛でフェイスラインを隠した女性店員に、クリームソーダとバナナシェイクをオーダーしたカップルも同じで、隣席で幼い顔つきのふたりはスマホを睨んでいた。

彼氏は大人しそうな雰囲気で繊細そうだったし、彼女だって青春パンクバンドのミュージックビデオに出演していても違和感がない容姿をしていて(という表現で分かってもらえるだろうか)、いかにも純朴そうに見えた。しかし見た目なんてヘヘイヘイ。やっぱり意味なんて持たない。

口を開いた彼女が、風俗にスリーサイズやSNSフォロワー数を報告しなくちゃなんない、すっぴんが好きじゃないから整形したい、などと愚痴ると、彼氏はスマホをぼちぼちと打ちながら、受け流すかのように頷いていた。そしてコンシーラーで肌荒れを隠すためにメイク直しをはじめた彼女に、SNSに上げていた写真は可愛いかったと褒めて、上手く会話を誘導している――ように見えたのだ。

いや彼氏よ、その反応で良いのか。赤裸々に言えないようなことを、隠し事なく話せる関係は喜ばしい。しかも日常的にお喋りな相手と付き合わされているならば、事情を知らずに何かを言うのはナンセンスだ。だとしたら、立ち回り方としては正解なのだろうし賢い。しかし聞き耳を立てているわたしのほうが動揺しているのは、凝り固まった固定概念から、当事者ではない人間が眺めていることだけが理由じゃないはずだ。

物語というのは誰かひとりの主観で進んでいく。だけど脇役として描かれている人物にも、どんな形であろうと両親がいて、育ってきた環境があって、養われてきた価値観が存在する。それらが作用しなかったら、当然物語にはうねりが生まれない。だからこそ各々の想いが垣間見れたときに胸を痛めるし、その人生観にも共感できる。しかし、人間関係のうねりを避けて自ら脇役を選ぶ人がいることも、当然ながら否定なんてできない。

それはまるで、水槽の中で一匹だけ悠々と泳いでいる魚のようだ。しかし、いかに美しくあれど、水槽が大きくなればなるほど何処かちょっと寂しい。だったら、わたしはそのときどきで縦横無尽に変化できる回遊魚のほうが、随分と逞しさを感じる。群れを成して渦を巻く姿は間抜けにも見えるけれど、寄り添う仲間がいることに少しだけ安心感を覚えるからだ。

だとしたら、ふたりは何に寂しさを感じて、何に安心感を覚えるのだろう。

儚くも尊い時間を共有する共犯者が、誰も足を踏み入れることができない水族館にいるとする。追われるがままに最後の地で眺めた水槽には、たくさんの魚が泳いでいて、ふたりは息を呑む。しかし彼らが眺めていたものは、きっと観客には伝えられない。そこが描かれてしまったらとても安易だし、本人たちにしかわからない感情がきっとあるはずなのだ。

頭の中で想像をこねくり回している他人のことなんて露知らず、ふたりは会話を続けていた。そして話題が風俗のことまで遡ると、彼女が志望動機について訊ねた。

「理由なんてないし」

「ただ女好きなだけとかね。つうか、いま気になっている男の子が居てさ」

え、あ、彼氏が夜職希望だったのか。しかも付き合ってもなかったのね。

やっぱり外見だけで判断はつかない。

山田佳奈(やまだ かな)

1985年4月6日生まれ。神奈川県出身。レコード会社のプロモーターを経て、2010年、劇団「☐字ック」を旗揚げ。ライフスタイルが自由化された現代社会においてのコミュニケ―ション欠如や、大人になりきれない年齢不相応な自我に対して葛藤する人間を描く。2020年の劇団10周年に、所属俳優を持たずに山田佳奈作品の舞台制作を行う場として単身新体制になる。また劇団前期代表作である『タイトル、拒絶』を初長編映画として自ら監督。大きな話題となったほか、Netflix『全裸監督』の脚本なども手がける。36人の監督による短編映画制作プロジェクト「MIRRORLIAR FILMS」に参加、2021年に全国公開される予定。初の書き下ろし小説『されど家族、あらがえど家族、だから家族は』(双葉社)が発売中。
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師岡とおる(もろおか とおる)

1972年12月19日生まれ。東京都出身。武蔵野美術大学卒業後、フリーのイラストレーター、グラフィックデザイナーとして活動。スタイルに囚われない表現方法で多彩なタッチを描きわける。「バック・トゥ・ザ・フューチャー35周年」ビジュアル、鉄道駅構内「痴漢撲滅キャンペーンポスター」、『氣志團万博』煽りイラスト、NHK「ねほりんぱほりん」キャラクターデザイン、『岩井ジョニ男のジョニスタグラム』演出、呑兵衛応援プロジェクト「NONBEE!」企画デザイン、「PromaxBDA Asia Award」金賞など受賞多数。
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text:山田佳奈
illustration:師岡とおる
edit:野上瑠美子

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