新宿・歌舞伎町には訪れる機会も多く、これまでにいくつもの印象的な場面に出会ってきたと言う。
生々しく、愚かで、愛おしい、そんな人間たちのドラマを何本も描き出してきた山田。
そんな彼女が、新宿・歌舞伎町で目の当たりにしてきた光景を、独自の視点から物語としてアウトプットしていく毎月更新のエッセイ最終回。
Vol.6「鶴がいるところ虎穴あり」
「廃棄するにもお金がかかるんだよ」
歌舞伎町の片隅で不法投棄された粗大ごみを見て、通行男性が言った。
おしぼり用のタオルウォーマーだったりスピーカーだったり、幾人ものお尻を支えてきたソファやスツールも、いまや路上に投げ出されて夢の跡。しかもゴミ山の向かいには派手な装飾の廃店があって、デカデカと“運”と掲げられた看板が虚しく、入り口付近に設置された金色の鶴が物悲しくたたずんでいた。
作り物に感情があるかどうかは置いておいて、かつては鶴も自分の美しさを誇らしく思っていたはずなのだ。しかし過去の栄光を懐かしむことさえ許されず、雑に放置されている始末には少しばかり寂しさを覚える。
まさに栄枯盛衰。栄えたり衰えたりを繰り返す人の世の儚さが、この街らしいと言っても過言ではない気がする。
そんなことを薄らぼんやり考えていると、ファッションホテルの入り口を行ったり来たりする怪しげな男性がいることに気付いた。雨が降っているわけでもないのに透明のビニール傘を提げ、シルバーフレームの眼鏡にTシャツジーンズといった軽装からは、取り立てた特徴を感じさせない。しかし出会い系の待ち合わせにしてはスマホを全く見ないし、夜職の女性相手にしては落ち着きがなさすぎる。不自然な行動は、誰かが出てくるのを張っているようにも見えた。
もしや――探偵なのだろうか。
それにしては、わたしのような素人に怪しまれている時点で情けない。透明のビニール傘だって邪魔くさいし、護身用だとしても心許ない。申し訳ないけどいまいち何もかもがイケてない。
じゃあなんだ。浮気現場を突き止めた修羅場か? アイドルの追っかけか? パパラッチか?
わたしは男性から目が離せなくなり、ファッションホテルを見渡せる駐車場に立ち止まって、その行動を観察することにした。しかし、観察されようがされまいが気に留める様子もなく、男性は不自然に行ったり来たりを繰り返していた。その間に出勤前のホストが数名通り過ぎていき、腕にスーツを提げてベルトを握りしめるツワモノ、ブランドロゴが強調されたバックで“THEホストドリーム”を体現した、ひと世代前の音楽プロデューサーみたいな髪形やファッションの王者たち。カップル、夜職の女性を乗せた車高の低い車、巡回中のパトカーなど、何人も何台も立ち去っていった。
ふと、男性は終わりなんて求めてないんじゃないか。そんな気がした。
どんな物事も永遠なんてありえない。でも男性は執着せざる得ない何かに決着をつけるために、この場所を周回している。それは恋情のもつれでも推しのスキャンダルでも、どちらにせよ胃が引きちぎれるほどに悲しい。だから男性は終末を防ぐために、ファッションホテルの入り口をタイムループし続けてるのだ。だとしたら、物悲しくたたずんでいた鶴だって抗えばよかったのよ。粗大ごみ扱いされる前に、栄枯盛衰なんか――さ。
きっと男性は、自分が何周したかなんて覚えていないだろう。当然ながらわたしも覚えていないんだけど、何周も繰り返していた男性が立ち去り、遂に張り込みを諦めたのか…と思っていた矢先に戻って来て、それまで手放さなかった傘をどこかに置いてきたことには笑っちゃったよね。
それでペットボトルの水を旨そうに飲んでるのを見届けて立ち去ったのだけど、
「あれ? 見ず知らずの男性を今まで観察してた(張ってた)わたしもアブない人だ」
と気付いたのがハイライト。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、でも一歩間違えれば同じ穴の狢(むじな)なのがおかしい。
それでは読者の皆さんごきげんよう。また歌舞伎町のどこかで!
山田佳奈(やまだ かな)
1985年4月6日生まれ。神奈川県出身。レコード会社のプロモーターを経て、2010年、劇団「☐字ック」を旗揚げ。ライフスタイルが自由化された現代社会においてのコミュニケ―ション欠如や、大人になりきれない年齢不相応な自我に対して葛藤する人間を描く。2020年の劇団10周年に、所属俳優を持たずに山田佳奈作品の舞台制作を行う場として単身新体制になる。また劇団前期代表作である『タイトル、拒絶』を初長編映画として自ら監督。大きな話題となったほか、Netflix『全裸監督』の脚本なども手がける。36人の監督による短編映画制作プロジェクト『MIRRORLIAR FILMS』Season2に参加、2021年に全国公開される予定。累計260万部突破の大人気コミック『ハレ婚。』を実写化、全話脚本・監督を務めることが決定している(ABCテレビ1月クールドラマ+)。また脚本・演出を務める舞台、近藤芳正Solo Work『ナイフ』が、1月に水戸、2月に東京で上演される。
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text:山田佳奈
illustration:師岡とおる
edit:野上瑠美子