「そんな飲み方、恥ずかしいよ?」
― 今日は、町さんがお気に入りだという新宿ゴールデン街の酒場『夜間飛行』にお邪魔してお話を伺います。
私、ずっとこのお店のファンで。オーナーのギャランティーク和恵さんをはじめ、今日カウンターにいらっしゃるケンケンさんも含めてみんな親切で優しくて、大好きなんですよ。
― お店との出会いのきっかけはどういうものだったんでしょうか。
そもそもは、テレビで観たのが最初です。中学生か高校生くらいのときに昭和歌謡に興味を持ち始めて、いろいろ探して聴いたりするようになっていたなかで、和恵さんが出演されていた深夜番組をたまたま目にしまして。その番組で『夜間飛行』の様子も映っていたんです。和恵さんの存在を知ったのもそのときが最初だったんですけど、「こういう歌手の方がいるんだ」と興味を引かれて、和恵さんのCDも買って聴くようになりました。昔の歌謡曲を独自のセンスでカバーするスタイルにすごく感激したんですよね。
― 和恵さんと『夜間飛行』の存在を同時に知ったと。
そうです。ただ当時は未成年で飲みには来られなかったので、学校帰りにお店の前まで様子だけを見に来たり(笑)。あと、お店にファンレターを書いて送ったりもしていました。
― お店に足を踏み入れていない時点で、すでにかなりの熱狂的ファンになっていたわけですね。
そうですね(笑)。その後、音楽活動をするようになってから、あるとき和恵さんと一緒にイベント出演させていただく機会がありまして。そのときにようやくお店の中にもお邪魔することができたんです。
― そのイベントはどういう経緯で実現を?
和恵さんがどこかで私の「もぐらたたきのような人」という曲をたまたま知ってくださって、それをきっかけにお声がけいただいたんです。実は私、ファンレターに自分の作った楽曲の音源を付けて送っていたんですよ。それをちゃんと聴いてくださったみたいで、「もぐらたたき~」を聴いたときに和恵さんが「あの手紙の子だ」と気づいてくださったみたいなんです。
― 想いが通じたんですね。それ以来、プライベートでも飲みに来るように?
はい。私はもともと飲み屋に通うようなタイプではなくて、ほかのゴールデン街のお店のことは全然知らないので、本当にここに来るためだけにゴールデン街に通っているような感じなんですけど。
― 特にどんなところが魅力だと感じていますか?
和恵さんのお人柄がそのまま表れているような、アットホームな雰囲気が好きですね。以前は新宿というと、イベントなどに出演するために来る街、戦いに来る街というような認識だったんですけど、そこに安らげるホームのような場所がひとつできた感覚です。いつも歌謡曲がたくさん流れていて、お客さんも歌謡曲好きの人が集まってくるから、普段まったくつながりのないような人ともすぐに仲良くなれるんですよ。「この声、誰だっけ?」とか、「この曲いいなあ」みたいな話で盛り上がったりできるのがすごく面白いです。ここで知った歌もたくさんあるし、あらためてよさに気づいた歌も多いですね。
― 歌謡曲全盛期に学生だった世代の人たちが教室でしていたであろう会話を、今ここで追体験できているような感覚でしょうか。
そうかもしれない(笑)。私は歌謡曲については後追い世代なので、ずっと“1人で調べて、1人で楽しむもの”だったんですけど、ここではみんなでワイワイ話すという体験ができているのがすごくうれしいです。
― そういう雰囲気を、和恵さんをはじめスタッフのみなさんやお客さんみんなで作り上げている感じなんですね。
そうですね。このお店でひとつ、すごく印象に残っている出来事があって……。あるとき、めちゃめちゃ酔っ払った人がふらっと入ってきて、すごく騒ぎ散らしたことがあったんですよ。そんなの、めったにないことなんですけど。「うわー」と思ってたら、和恵さんがその人に対して「そんな飲み方、恥ずかしいよ?」という叱り方をしたんです。その言葉が忘れられなくて……。それって、「周りの人にそんな姿を見られて恥ずかしいよ」という意味ではないと思うんですよ。
― おそらく「人としての誇りを持て」みたいなお話ですよね。
自分の生き方についても考えさせられる一言でしたね。その人は覚えていないかもしれないけど、すごくいい言葉だと思います。和恵さんが言うからこその重みも感じられるし、厳しいけど愛もあって。ずっと忘れられないですね。
町あかりイチオシの“新宿ソング”
― 新宿・歌舞伎町という街については、どんなイメージがありますか?
すごくいろんな人が受け入れてもらえる街だなと思いますね。ちょっぴり変な人でも、むしろ「それがよい」と許してくれるような。このお店なんかはまさにそうです。私自身、ほかのところでは「なんでそんなに歌謡曲に詳しいの?」とか、すごく珍しがられることも多いんですけど、ここではまったくそういうことがなくて。それも居心地がいい理由のひとつですね。
― そんな新宿にまつわる歌が世の中には無数に存在しています。今日は町さんオススメの“新宿ソング”をいくつかご紹介いただけるということで。
はい。まず、私の中で“新宿といえば”で真っ先に挙がる曲として、SOAPという男女4人組コーラスグループが1981年にリリースした「新宿トランスファー」を。
一大ターミナル駅である新宿駅をたくさんの人たちが乗り換えなどで交差していくさまが歌われている曲です。「何のために どこへ行くの?」という歌詞があるんですけど、それを自分の生き方に重ねることでハッとさせられたりもして。曲調としてはノリノリで都会的なAOR系なので、しっとりとした酒場に似合う感じではないんですけど、新宿をすごくよく表している1曲だと思います。本当にいい曲なんです。
続いては、歌謡曲ではないんですが大森靖子さんの「新宿」(2017年)。これは現代の新宿を描いたものですね。「トー横キッズとかって、こういう感じなのかな?」みたいに思えるというか、寂しさを抱えた人たちが肩を寄せ合う街としての一面を歌っている曲だと思います。今後もこの曲のように、どんどん新しい世代にとっての新宿を歌った曲が作られていくんじゃないかな。録音としてはギター1本の弾き語りなんですけど、大森靖子さんならではの“歌ぢから”が詰まっていて、すごくエモーショナルな1曲です。
これは最近知ったんですが、青江三奈さんが1968年にリリースした「新宿サタデー・ナイト」という曲で、Bay City Rollersの「Saturday Night」(1975年)やジョン・トラボルタ主演の映画『サタデー・ナイト・フィーバー』(1977年)よりもずっと前に“サタデー・ナイト”という言葉をキーワードとして取り上げているのがすごいなと思って。新宿にいながら、故郷の長野に思いを馳せる主人公が描かれている歌です。
あと、藤圭子さんの「新宿の女」が本来の“新宿といえば”の曲だと思います。私の母は田舎で子どもの頃にこの歌を聴いて、「新宿というのは、行くと騙されちゃう街なんだ」と思い込んでいたらしいです(笑)。
― ありがとうございます。町さんは、なぜ新宿にまつわる歌がこんなにたくさんあるんだと思います?
地方から出てきた人にとっては、新宿という街が自分の故郷をあらためて思うような場所だったりするのかな? とは思うんですが……。それこそ以前ケンケンさんに歌っていただいた「ねぇ閑古鳥」という曲を作ったときも、そういう望郷的なニュアンスを含んだ物語のテーマソングとして依頼を受けたので、「なるほど、そういうものか」と感じたりしたんですけど。
― ソングライターとして、新宿は歌になりやすい街だと感じますか?
うーん、そうですね……、もし「どこかの地域をテーマに曲を作れ」と言われたら、たしかに新宿は作りやすい土地かもしれないです。ただ、イメージが強いだけに難しい部分もありそうな気がしますね。
― 実際に新宿をテーマに曲を作るとしたら、どんな歌にします?
「今までにないような切り口の、新たな新宿を描きたい」と思うかもしれないです。私の場合、東京出身だからということもあると思うんですけど、特に意を決して来るような街ではないんですよね。歌の世界で歌われる新宿って、よくも悪くも“特別な街”として気負った描き方をされがちですけど、私にとってはその感覚はあまりリアルではないというか。
― たしかに、東京や新宿を「特別な存在じゃないんだよ」という視点で歌う曲は、案外珍しいかもしれません。
それこそ甲斐バンドの「新宿」とか、すごいですもん。「歩くのがとっても遅い奴は/食いものにされるように/はじめからできてる町さ」という歌詞があって(笑)。そういう、自分とはまったく違う感覚を知ることができるのも歌の面白いところだと思います。だから、今作るのであれば、今の時代の新宿を表すものになるんじゃないですかね。
新宿みたいなアルバム
― オリジナルアルバムとしては約4年ぶりとなる新作『総天然色痛快音楽』のお話も聞かせてください。24曲入りで74分という、近年なかなか見られない大ボリューム作になっていますね。
せっかくいい曲がいっぱいできたんで、入れられるだけ入れようと思いまして。
― アルバムというフォーマット自体が世の中的にあまり求められなくなってきている昨今ですけど、町さんはアルバムという形にこだわりがありますか?
そうですね。ただ、アルバムとしてのストーリー性や統一感みたいなものにはさほど興味がなくて、単に「1曲1曲を小出しにするよりも、一気に出したほうが早い」くらいの感覚ですけど。
― おっしゃる通り、統一感のまるでないアルバムで(笑)。全曲ジャンルが違うと言っても過言ではない内容ですよね。
似たような雰囲気の曲ばかりだと、飽きちゃうもので……。
― 作詞・作曲だけでなく、アレンジの方向性も全部ご自身で決めているんですか?
そうです。デモの段階でわりとイメージは固まっているので、それを元にアレンジャーさんに膨らませてもらう感じで。
― それぞれのアレンジャーさんに好きにやってもらった結果、仕上がりがこのバラバラ具合になるなら理解できるんですけど、すべてコントロールしたうえでこれだけバラバラにできるのはすごいです。
何も伝えずにアレンジャーさんに丸投げしてみたこともあるんですけど、そうするとやっぱり「最初に自分が想定していたもののほうが面白い」という結果になることがわかったので、自分のデモをベースに膨らませるのが一番いいという結論に達しました。
― ただ、これはいい意味なのですが、基本的にどの曲も曲調と歌の内容がまったく合致していないですよね(笑)。「普通、このサウンドとメロディでそんなこと歌う?」みたいな。
そういうのが好きなんですよ(笑)。先にタイトルを見てから聴いたときに「こんな曲調だったの? 思ってたのと違うんですけど!」みたいなのが。
― たしかに、そのギャップこそが町あかり楽曲の最大の魅力かもしれません。
そもそも私が歌謡曲を好きなのも、型にはまらない面白さがあるからなんです。一口に“歌謡曲”と言っても、いろんな曲調、いろんな歌詞の世界があるじゃないですか。「歌謡曲っぽい」という言い方を使う人がたまにいますけど、「それ、何を指して言ってるの?」って思いますよね(笑)。とにかくバリエーション豊かなところが歌謡曲の魅力だし、憧れるポイントでもあるので、「私もいろんな曲調、いろんなテーマで作りたい」という思いが根本にあるんです。
― それだけ統一感のないサウンドでさまざまな世界を歌っているにもかかわらず、どの曲を聴いても「圧倒的に町あかりの音楽でしかない」と感じられるものになっています。そんなことがなぜ可能なんでしょう?
うーん……なんででしょうね? 前作からの約4年間で、童謡のアルバムを出したり、昭和初期の流行歌カバーをやってみたり、高校生の女の子ドラマーと2人で2ピースパンクバンドをやったり、いろんな方に楽曲提供をさせていただいたり……、とにかくいろんな活動をしてきたんですけど、「どれをやっているときも私だな」と思えたんです。それが自然とこのアルバムにも入ったんじゃないかと思いますね。
― その経験が蓄積されたことで、「何をやっても自分の音楽になる」という自信が生まれた?
そう……なんですかね?(笑)。
― (笑)。そもそも詞とメロディとボーカルがものすごく独特なので、その要素だけで十分“町あかりのアーティスト性”は成立すると思うんです。身もフタもない言い方をするなら、ほかはどうでもいいというか。
ありがとうございます(笑)。たしかに私自身、作り手としては「歌詞と曲と歌声が一番大事」と思っていますね。ぶっちゃけアレンジにはそこまでこだわりがなくて。
― 町さんとしては、このアルバムがどういう層にどんなふうに届いたらうれしいですか?
これは本当に新宿みたいなアルバムだと思うんですよ。私は「みんな、私の想いを聞いてっ!」みたいな曲をまったく作らないタイプで、いろんな立場、性別、年齢の人の歌を作ってみたいなと常々思っているので、このアルバムの中にもいろんな人物がいるんですね。もちろん「このアルバムの全部が好き」と言ってもらえたらうれしいですけど、それは難しいと思うので(笑)。この24曲のなかに「この曲がすごく自分にフィットする!」みたいなものが1曲くらいはあるんじゃないかなと思いますので、ぜひ“推し曲”を見つけていただきたいです。それがこのアルバムの一番楽しい聴き方かなと。
― 「新宿のようなアルバム」というのは見事なまとめですね(笑)。実際、町さんの精神性と新宿という街の“ごった煮感”には共通点が多いのかもしれないと感じました。
そうですね、いろんな人に会える街だから。このアルバムも、全体ではなく曲単位で「この曲は新宿2丁目で流行っている」とか、「これは幼稚園で喜ばれている」みたいなことが起きたら面白いんじゃないかなと思ったりもしています。
― それで言うと、町さんの曲にはTikTokでウケそうなものが多いなと個人的に思っているんですけども。
それ、めちゃめちゃいろんな人に言われるんですけど……、早くヒットしてくれないですかね(笑)。本当に使いやすいだろうなと私も思いますし、ヒット云々以前に絶対楽しいと思うので、TikTokerの方もぜひ!
【町あかりが選ぶイチオシの“新宿ソング” プレイリスト】
町あかり『総天然色痛快音楽』
4年ぶりのオリジナルフルアルバム『総天然色痛快音楽』好評発売中
ALBUM COCP-41773 ¥3,300(税込)
Spotify
町あかり(まちあかり)
シンガーソングライター。1991年5月28日生まれ。東京都出身。2010年からライブを活動開始し、イラスト、衣装制作、執筆活動も行う。2015年にビクターエンタテインメントからメジャーデビューアルバム『ア、町あかり』をリリース。以降、継続的に作品を制作し、2022年時点でアルバム計8枚、シングルを多数発表。海外に向けた英語詞の楽曲や、2ピースバンド「ぼんぼん花ーーー火」のプロデュース(2020年〜)、多数のアーティストへの楽曲提供も積極的に行っている。青土社から書き下ろし書籍「町あかりの昭和歌謡曲ガイド」(2020年)、「町あかりの『男はつらいよ』全作品ガイド」(2022年)を出版。2022年には主演映画「タヌキ社長」(河崎実監督)が全国公開された。
text:ナカニシキュウ
photo:白井絢香