[連載:行きたくなる理由がある、新宿の映画館]
せっかく映画を楽しむなら、作品の世界観により浸ることができる空間へ行きたい。ここ新宿は、歌舞伎町、新宿3丁目の徒歩圏内に10館もの映画館(2023年4月オープンの109シネマズプレミアム新宿含む)が並ぶ映画の街。「目的の映画を観て帰る」だけではない愉楽のひとときを求めて──、個性が光る映画館の魅力を探っていく。
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[第1回]ミニシアターからシネコンまで、行きたくなる理由がある。新宿おすすめ映画館ガイド
ひとことで“映画館”といっても、映画館の規模、上映作品など、それぞれの映画館に“色”=らしさがある。映画館がひしめく新宿エリアで、邦画専門シアターとして愛されている映画館、それがテアトル新宿だ。
1スクリーンであることを活かして、上映作品の魅力を訴求
65年の歴史をもつテアトル新宿は、新宿エリアで新宿武蔵野館に次ぐ歴史ある映画館。開業当時は洋画も上映しており、途中、名画座のような形態で営業していた時期もあったが、1990年代に入ってからは邦画が中心となった。現在は「日本映画の今を写し出す邦画専門の映画館」という独自カラーが定着している。
テアトル新宿は、1スクリーン、218席。テアトル新宿を含めテアトルシネマグループの映画館は全国に8つあるが、1スクリーンなのは新宿のみ。一般的にスクリーン数が多いほうがいいのでは……と考えがちだが、1スクリーンであることも実はテアトル新宿の強みだと支配人の中﨑生輝さんは言う。
「1スクリーンなので、劇場全体を使って作品を推すことができる、上映するだけではなくフロア全体を使って作品を深く伝えることができる、それがテアトル新宿の良さであり、メリットだと思っています。そういう理由もあって、舞台挨拶はテアトル新宿で行いたいと言っていただけることもうれしいこと。初日の舞台挨拶や公開中のトークイベント、凱旋上映、企画上映など、イベントの種類が多いのも特徴のひとつです」
取材に伺った日に上映していた作品は、岸井ゆきの主演の『ケイコ 目を澄ませて』。絵心のある劇場スタッフが書いたイラストの展示をはじめ、劇中でケイコが使っていたノートと同じノートに感想を書き込めるコーナー、作品からヒントを得たオリジナルドリンク「ケイコと涙の薄暮ソーダ」(ドリンク名が秀逸!)もあり、さまざまな視点から作品を推していた。
「映画にちなんだドリンクは劇場限定なので、今日は映画は観ないけれどドリンクを買いに来ましたという方もいますし、COSTA COFFEE(コスタコーヒー/ヨーロッパ発祥の人気コーヒーブランド)を扱っているので、カフェ感覚でコーヒーを買いに来る方も(笑)。そんなふうに、気軽に訪れてもらえるのはうれしいですね。『窓辺にて』(2022年)の公開中は、「窓辺のイチゴパフェ」というパフェ風劇場オリジナルドリンクを販売し、そちらも好評でした」
映画を観て、イベントを楽しみ、ファン同士で交流できる居心地のいい空間
中﨑さんが話すように、コーヒーやオリジナルドリンクを買いに来て、ちょっとロビーでくつろいで、上映中の映画やこれから上映される映画の情報収集をする。居心地のいい空間であるからこそ、映画を観た後も自然とその空間で映画の感想を語りたくなる。舞台挨拶やイベント終了後などは、ロビーがファンミーティング状態になることも珍しくない。
『窓辺にて』の今泉力哉監督の商業映画・長編映画デビュー作『たまの映画』(2010年)を初めてかけたテアトル新宿は、今泉監督にとって思い入れのある映画館でもあり、『窓辺にて』上映期間中はイベントのない日もふらっと来ることがあったそう。
また、観客との距離が近いからこそ観客の声が映画館のスタッフに届き、そのつながりによって新しいイベントが生まれることもある。舞台挨拶、トークイベント、企画上映について、中﨑さんに詳しく聞いた。
「昨年公開の映画『さがす』は、スマッシュヒットを記録しまして、今年の1月27日に『公開1周年記念 凱旋上映舞台挨拶』を開催しました。ほかにも『グッドバイ、バッドマガジンズ』という映画は、1週間限定の上映だったのですが、満席でお客さんをご案内できない回があり、今年の1月20日から再上映が決まりました」
『グッドバイ、バッドマガジンズ』は制作サイドからイベントをたくさんやりたいというリクエストもあり、再上映の初週は連日トークイベントを企画。
「私自身、舞台挨拶やトークイベントで監督や出演者の方のお話を聞くと、自分が感じていたことと監督が意図していたことが違っていたり、なるほどなという発見があります。映画を観るだけでなく、映画と一緒にイベントを体験する、それも映画館の魅力のひとつだと思います」
作品の数だけイベントがあると言っても大げさではないテアトル新宿。2月は鈴木亮平と宮沢氷魚共演の『エゴイスト』、3月は斎藤工主演の『零落』のイベントが控えている。ほかにも、「OP PICTURES+フェス」「田辺・弁慶映画祭セレクション」「若松孝二監督命日上映」など、毎年開催される恒例の特集上映もあり、訪れるたびに参加したくなる企画と出会える、まさに邦画を深く知るための映画館と言える。
監督や音響スタッフが絶大の信頼を寄せる音響システム「odessa」
さまざまな映画館の特色があるなか、近年は“音響システム”に注目が集まり、音響が映画館の特色にもなっている。もちろんテアトル新宿もこだわりの音響システムがある。それが「odessa」だ。
テアトル新宿のスクリーン名は「odessaシアター」という名称になっている。odessaとは、テアトルシネマグループ(ヒューマントラストシネマ渋谷、テアトル新宿、シネ・リーブル梅田)が独自カスタマイズしたスピーカーを指す。どの席にいても同じように聴こえるというのがodessaの最大の特徴だ。
「音響に力を入れている劇場はたくさんありますよね。シネマート新宿さんはブーストサウンドを取り入れていて、私自身もブーストサウンドを体験したくてシネマート新宿さんによく行きます。そういったなかでの差別化として、テアトル新宿では、監督をはじめ映画制作者が意図した音響を再現できる、適正値で楽しめる、そんなサウンドを提供したいということでodessaを導入しています」
odessaには、「odessa theatre」「odessa vol+」「odessa music」「creator’s optimization」というパターンがあり、作品によって、どのパターンで上映するのかを決めていくそう。なかでも、多くの映画関係者たちがテアトル新宿で上映したいと希望する理由のひとつが4つめの「creator’s optimization」。監督や音響スタッフなど、作品制作に携わった者が実際に調整できるシステムだ。『ケイコ 目を澄ませて』は、「環境音をしっかり届けたい」という三宅唱監督の意向で、監督自身が劇場に赴いて音響を調整。テアトル新宿で観る価値がそこにあるというわけだ。
感じた思いを鮮明に焼きつけるような映画体験を目指して
テアトル新宿は企画上映が多いと先に挙げたが、odessaという音響システムをより多くの人に知ってもらうために、月に一度「odessa Midnight Movies」というオールナイト上映も開催している。昨年の12月は『ケイコ 目を澄ませて』の公開を記念し、「世界が注目する映画監督・三宅唱特集~リアル×再生×青春の世界~」として、『THE COCKPIT』『Playback』『きみの鳥はうたえる』を上映した。
現在、新宿エリアでオールナイト上映を開催しているのはテアトル新宿だけということもあり、「オールナイトは、お客さんとじっくり話す機会でもあるので、お客さんが求めているもの、声を拾いつつ、企画を立てています」と中﨑さん。終電から始発までの時間を映画館で過ごすのも、忘れられない体験になるはずだ。
「今は配信も充実しているので、家で映画を観ることも多くなったと思います。そのなかで、テアトル新宿が目指すのは、付加価値のある劇場であること。この映画館で、この映画を観て、こんなことを思った──ということを後々思い出せる、そういう映画体験ができる劇場でありたいですね」
その“映画体験”の声を集めたのが、Twitterを使った「#テアトル新宿で観た」という企画だ。65年の歴史を受け継ぎながらどう発展させていくのか。65周年という節目に、改めてテアトル新宿の歴史を振り返りたいという思いはもちろん、テアトルシネマグループの旗艦劇場として、引っぱっていく存在でありたいという思いもある。
「昨年、関西地方のテアトル梅田が閉館になり、テアトルが名前に入っているのは新宿だけになりましたが、これからも、お客さんに寄り添う劇場、お客さんが来やすい劇場にしていきたいですね。『#テアトル新宿で観た』には、何十年も前に観た映画の感想も書かれていたりするので、みなさんの思い出を参考に、ゆくゆくは思い出の作品をリバイバル上映できたら……そんな企画も思案中です」
最後に、この連載でのお決まりの質問を中﨑さんにも投げかけてみた。もしも好きな作品を上映できるとしたら?
「『トイ・ストーリー』ですね。僕にとって最初に観た映画として記憶に刻まれているのが『トイ・ストーリー』なんです。子どもの頃に、映画館ではなく、VHSで繰り返し観ていた映画なので、odessaシアターで観たいです!」
写真:沼田学
文:新谷里映