そんな開発の最新作が、新宿TOKYU MILANO跡地の工事現場仮囲いで公開されている。さまざまな発泡スチロールの梱包材をモチーフに、エヴァンゲリオンの世界観を表現した巨大壁画《Evangelion Styrofoam》だ。さらに、現在実施中の「シン・エヴァンゲリオン劇場伝言板 AR出現計画」に関連して、その作品に公式アプリ「EVA-EXTRA」のARカメラをかざすと、いわゆる「エヴァ文字」のメッセージボードが浮かび上がる仕掛けになっている。
開発は、どのようなコンセプトでこの作品をつくりあげたのだろうか? プロジェクトの経緯から、エヴァンゲリオンとの出会いや新宿にまつわる思い出、開発独自の本作に対するアプローチまで話を聞いた。
再開発が進む歌舞伎町の街に、新たに生み落とされたエヴァ由来のアート
新宿・歌舞伎町───かつてダーティなイメージが強かったこの町も、再開発が進んでずいぶんクリーンになった。歌舞伎町のシンボルだったコマ劇場とそこに隣接する新宿東宝会館の跡地には、巨大なシネマコンプレックス・新宿東宝ビルがそびえ立ち、新たなランドマークであるゴジラヘッドが顔を覗かせている。
そのすぐ側には、かつて日本最大級の映画館として親しまれた新宿ミラノ座があった。ミラノ座と言えば、『エヴァンゲリオン』ファンの間では名高い“聖地”。1997年に公開された『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』の第一作目から『新劇場版』シリーズの最新作に到るまで、全作品が上映されてきた。特に『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』では、ミラノ座で撮影された実写映像が映画内に差し込まれていることで有名だ。 そんなミラノ座が入っていた建物・新宿TOKYU MILANOもまた、2014年末に閉館している。現在は、2022年完成を目処にした複合的なエンターテイメント施設を建設している真っただ中で、クレーン車が忙しく働く工事現場の周囲を仮囲いがぐるりとおおっている。その壁面に出現したのが、アーティスト・開発好明によるアート作品《Evangelion Styrofoam》だ。
「新宿は、世代を超えてたくさんのアーティストが集まってきた町ですよね」と開発は語る。
「僕にとっての新宿は、世界堂で画材を買って、映画を見て、駅の近くでご飯を食べて帰る町。学生の頃は、ゴールデン街や思い出横丁で飲んだりもしました。用途に応じてエリアごとに使い分けていましたね。今でも新宿には新しさと古さがほどよく混ざっていて、楽しい町だと思いますよ」
「ミラノ座にもよく通いました。『ぴあ』で見たい映画を探して、ちょうどいい時間に上映していたら自然と行き着く。“エヴァの聖地”という感覚はあまりなかったけど、土地勘はあります。だから今回のオファーをもらった時も、作品をイメージしやすかったですね」
そもそも、開発はエヴァンゲリオンに対してどんな思い入れがあるのだろうか。
「大学を卒業した頃、深夜の再放送アニメからエヴァを見はじめました。“子ども騙し”じゃないところに刺さりましたね。僕はもともとロボット世代。マジンガーZやガンダムがあって、エヴァにたどり着いた。そのなかでも、エヴァはロボットの価値観を変容させた作品だと思います。型にはまらない設定が、アーティスティックでおもしろかった」
そう興奮ぎみに語りながら、開発は「型にはまらない設定」というエヴァの魅力についてさらにこう続ける。
「実は、僕が好きなのはエヴァというより人類の敵である“使徒”なんです。六角形や球体の幾何学的な形状をしていて、敵を敵として認識しづらい。何も感情移入できないような存在が敵であるというのが斬新だったんです。毎回『次はどんな変な使徒が出てくるんだろう?』と、ワクワクしながら見てましたね」
意外なモチーフによって、「EVA初号機」をユニークに表現
そんな「エヴァ好き」の開発が制作したのが、発泡スチロールをモチーフとした巨大な絵画。具体的にエヴァンゲリオンの姿が描かれていないにもかかわらず、発泡の造形や、紫を基調とした配色が、必然的に主人公・碇シンジの乗る「EVA初号機」を想起させる。開発の作家性とエヴァの要素が絶妙なバランスで同居したこの作品は、どんな経緯で実現したのだろうか。
「オファーをいただいた際に『自由にエヴァを解釈した作品をつくってほしい』と伝えられ、作品に関しては何も注文を受けませんでした。エヴァを二次使用した製品は膨大な量があるので、『今回はエヴァに寄り過ぎていないものを』という思いが強かったんでしょうね」
そこから、作品の構想はどのように立ち上がっていったのだろうか。
「最初はエヴァのようなロボットを、発泡スチロールを使って立体でつくるアイデアがあったんです。工事現場から約20メートルのエヴァが立ち上がり、東宝ビルのゴジラと対面したらカッコいいなと妄想していました。でも、今回は仮囲いを使用するレギュレーションが決まっていた。そこで、以前にも描いたことがある発泡スチロールをモチーフとしたペインティングを提案しました」
興味深いのは、発泡スチロールの梱包材の図形を配置しただけで、顔や胴体、手足、あるいはエントリープラグや基地のイメージが浮かび上がること。なぜ開発は、発泡スチロールというモチーフを選んだのだろうか。
「発泡スチロールが包んでいるものって電化製品が多いですよね。その意味で、電気をエネルギーとしているエヴァにもイメージがリンクしやすいと考えたんです。もともと大量にストックしている発泡スチロールがあったので、それを平面化して絵に起こしていきました。『アゴの部分には台形を置こう』『歯にはとんがってるパーツがほしいな』といったふうに、それらをエヴァの形に当てはめていく。普段から作品のモチーフとして扱い慣れている素材なので、楽しんで構成できましたね」
制作で特に苦労したのは、全長約77メートルに及ぶ仮囲いへのアプローチだったそうだ。
「映画のスクリーンや絵画のサイズなど、人間の視覚に入りやすい大きさってありますよね。でも仮囲いは視覚からはみ出すサイズ。それをどうドラマチックに見せるか考えて、“歩きながら鑑賞する”という体験を目指しました。はじめにエヴァの全体像が見えて、そこから手が後方に流れていく。その先にプラグがあり、ケーブルの流れが続くというように、人の身体と視線を誘導していくようにつくりました。遠景と近景それぞれのおもしろさを、身体的な移動で実感してもらえたら嬉しいですね」
眺めるだけでなく「体験」して楽しむ。その仕掛けとは?
本作の注目ポイントのひとつは、公式アプリ「EVA-EXTRA」のARカメラをかざすと“エヴァ文字”のメッセージボードが浮かび上がるギミックだ。もともと、開発へのオファー前から公式サイドで構想されていたというインタラクティブなこの仕組み。これまで観客参加型の作品を数多く手がけてきた開発の作風とも見事にマッチし、公式とのコラボレーションに至ったという。
「実は、僕自身も以前QRコードを使用した作品を制作した経験があるんです。内容は、展示会場の作品がQRコードに置き換えられていて、各自のデバイスで僕の作品を見てもらう、というもの。今回の作品の場合は、もともと構想されていたARの仕掛けと僕の壁画を連動させる形で実現しました。壁画そのものがARマーカー化しており、ARカメラでアクセスした先に、そこでしか体験できないコンテンツがあるというイメージです」
そんな風に、開発が観客参加型のインタラクティブな作品を意識するようになったきっかけは、1995年〜96年にかけて放映された自身の出演するNHK BS『真夜中の王国』内のコーナー「開発くんがゆく」だったという。
「365日、毎日人と会いながら日本を一周する企画で、誰でもアートを体験できる状況をつくりたかったんです。そこから徐々に、何かを一緒にやることもアートになりうると感じて、コミュニケーション型の作品が増えましたね。絵画や彫刻だけではなく、“できごと”を生み出していきたいんです」
そんな《Evangelion Styrofoam》を実際に眺め、歩きながら体験し、スマホを掲げて浮かび上がる無数の文字を見ると、思わず圧倒される。2020年6月27日(※取材時に予定していた公開日。実際は2021年3月8日公開)の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』公開以降は、壁画前に留まる人の熱気もより増していくに違いない。また、今回のプロジェクトは、新宿クリエイターズ・フェスタ実行委員会および新宿区主催のアートイベント「新宿クリエイターズ・フェスタ」と連携した企画でもあり、残り3面ある仮囲いのアートワークも、今後、順次全面展開されていく予定だという。
最後に、開発はこれから挑戦していきたい作品について熱く語った。
「今回の作品は、身体やカメラをスクロールしながら絵の展開を見るという点において、絵巻物に近いものでした。それは日本的な表現であって、僕のなかで挑戦的な作品です。日本文化で考えると、今度は本当に高さがこの仮囲いと同じくらいで、長さが何百メートルもあるような、巨大な絵巻物をつくってみたいと思いましたよ。それが現実になったら楽しいでしょうね」
※2022年11月16日現在、仮囲いの掲出は終了しております。
開発好明(かいはつ・よしあき)
1966年山梨生まれ。多摩美術大学大学院美術研究科修士課程修了。観客参加型の美術作品を中心に、2002年にPS1 MOMA「Dia del Mar/By the Sea」、2004年にヴェネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展日本館、2006年に越後妻有トリエンナーレ、市原湖畔美術館「中2病展」での個展、「越後妻有大地の芸術祭2018」に出品。2020年には、千葉県市原市「いちはらアートミックス」に参加予定。東日本大震災後、被災地におけるプロジェクトをライフワークとして継続中。
text:中島晴矢
photo:西田香織