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坂本龍一の劇伴作曲家としての最初の到達点であり、出発点。佐々木敦と牛尾憲輔が語る名作『シェルタリング・スカイ』

歌舞伎町

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映画
DATE : 2026.03.10
2026年2月14日、109シネマズプレミアム新宿で1990年公開の映画『シェルタリング・スカイ』が上映された。名匠ベルナルド・ベルトルッチの代表作のひとつに数えられる同作品は坂本龍一氏が映画音楽を手がけ、その印象的なメインテーマは、坂本のコンサートで晩年まで演奏された名曲として知られている。
彼の死の直後、2023年4月に新宿ミラノ座の跡地にオープンした109シネマズプレミアム新宿は、坂本龍一氏が音響設備を監修した唯一の映画館だ。新宿という街は、彼にとって10代を過ごした地であり、日夜映画館に入り浸り数えきれないほどの映画を見漁ったのもその時代だったという。

上映後、スクリーン前には「『教授』と呼ばれた男 ――坂本龍一とその時代 」の著者としても知られる評論家 佐々木敦と、電子音楽家・劇伴作家・プロデューサーとして活躍する牛尾憲輔が登場し、『シェルタリング・スカイ』における坂本の仕事と、その背景について語り合った。
「『シェルタリング・スカイ』こそ劇伴作曲家のキャリアにおける初期の到達点」であるとする、その理由とは?トークの一部始終と、トーク後に行われたインタビューの模様をお届けする。

坂本龍一の生涯にわたって大きな意味を持つ一作

佐々木敦(左)牛尾憲輔(右)

佐々木:スクリーンで見直したのは本当に久しぶりでした。覚えているところもありつつ、「こんな映画だったか」という感覚もあり……。牛尾さんは改めて観てどう思われましたか。

牛尾: すごく言葉を選んで言いますけど……変わった映画ですよね。

佐々木: それは僕も思いました。変な映画というか、不思議な映画ですよね。公開は1990年。前作として、ベルトリッチ監督と坂本龍一の初タッグである『ラストエンペラー』があって、それが非常に高い評価を受けた。そのコンビ2作目がこれで、その後に『リトル・ブッダ』が続く。この3本が、ベルトリッチ監督×坂本龍一タッグの映画なんですね。

「変な映画」という表現をされていましたが、作品そのものの不思議さについて、見直してみてどう感じましたか。

牛尾:ストーリーを素直に追うと、「主役のキット、自暴自棄になりすぎじゃないか」とか色々と思ったりするんですけど。後半はどんどん観念的になってセリフが減っていく。とても良い意味で詩的な作品だと思うし、心に残るものもあるんですけど、アーティスティックになるほど解釈の幅が広がって、深いところにささっていくところが増えていく。

佐々木:ありますよね。ただ僕は、ストーリーのアーティスティックさと同じくらい、映像の美しさがすごいと思いました。あと、最初と最後に出てくる(ポール・)ボウルズ。カフェのシーンで語っているあの老人は、原作小説の作者本人なんですよね。彼が出てきて「満月を見るのは、あと何回だろうか?」と人生を儚む。このセリフが、坂本さんが晩年に書かれた『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』という本のタイトルになっていると。

牛尾:そうですね。

佐々木:彼が語る言葉が、坂本龍一という音楽家にとって後々大きな意味を持つ。そういう裏のストーリーラインもある。周辺情報も含めて、映像美や詩的な美しさが花開いている作品ですよね。

牛尾: 熱量高く観ると人生を変える一本になる。でも、ふと観ると難しいところもある。

佐々木:そう思います。ボウルズは、ウィリアム・バロウズ、アレン・ギンズバーグ、ジャック・ケルアックといったビート・ジェネレーションの作家たちより少し上の世代の作家です。彼はモロッコのタンジェ(タンジール)に長く住んでいて、その体験をもとに書いた最初の長編小説が『シェルタリング・スカイ』です。小説は1949年発表。戦後間もない時期です。その作品を1990年に映画化し、さらに今2026年に僕らが観ている。西欧的主体が異文化の中で崩壊していく物語は、原作が書かれた当時は同時代性があったはずです。時代の隔たりを経て、そうした物語をこの映像美で描くのが特徴的で、観念的な印象が強い。

劇伴作曲家としての本当の出発点は『シェルタリング・スカイ』だった?

佐々木:以前別のトークイベントで、牛尾さんは「『シェルタリング・スカイ』が坂本さんの映画音楽では特別だと思う」と仰っていましたよね?

牛尾:この映画のプロデューサーはジェレミー・トーマスですが、ジェレミーは坂本さんとは映画音楽のデビュー作となった『戦場のメリークリスマス(以降、戦メリ)』とそれに続く『ラストエンペラー』でも仕事をしています。そのジェレミーが『シェルタリング・スカイ』の制作中に、坂本さんに「ついにスコアリングをしているね」と言ったという、有名なエピソードがあるんです。

スコアリングとは、映画のために音楽を書いて、フィルムに当てていくという意味の映画用語です。その視点で考えたとき、「なぜそう言ったのか」と思って、『戦場メリ』や『ラストエンペラー』を見返したんです。

『戦メリ』はもちろんとんでもない名曲で、素晴らしいメロディがある。でも、今見返すと……言い方が難しいのですが、「映画音楽として本当に機能しているのか?」という疑問が少しある。

映画音楽って単に「良い音楽を作る」のではなく、「良い映画を作るため」に作るものなんですよね。

佐々木:映像に奉仕するものとしての音楽ということですよね。ご自分も劇伴の仕事を多く手掛けている牛尾さんならではの視点だと思います。

牛尾:後の坂本さんが、例えば『レヴェナント』で達成した、映画音楽としての極限的な高みに比べると、映画音楽としての『戦メリ』はまだ、その域には当然ないと思います。

『ラストエンペラー』は、同じく音楽は素晴らしいし、映画に奉仕するという観点はより取り入れられているけれど、かなりベルトルッチの「手」が見えるんですよね。

佐々木:坂本さんが『ラストエンペラー』の試写を観たら、あるシーンのために書いた曲が全然別のシーンで使われて、愕然としたそうです。

牛尾:当時、坂本さんは「映画音楽とは何か?」ということを真剣に考えたそうです。ジェレミー・トーマスに相談して、参考になるような作品を教えてもらったり。それが『シェルタリング・スカイ』には結実しているんじゃないかな、と思います。

例えば、劇中で夫婦が自転車で美しい風景を見に行くシーンがありますよね。非常に美しい風景のカットで、カメラが右方向にパンニングしていくんですけど、そのカメラの動きに、白玉(全音符)のゆったりとした横方向に推進力のある曲が入ってきて、それがすごく合っているんですね。

後年、坂本さんに近しかったスタッフの方に「坂本さんはどこに音楽を当てる発想をしていたのか」と聞いたら、「カメラの動きを見る」と言っていたそうなんです。キャラクターの感情でも、風景でもなく、カメラの動きに当てる。

キットが医者を探して走るシーンも、それまでの情緒的で印象派っぽい曲想ではなく、複雑なテンションコードがタンタンタンと激しくなるんですけど、そのテンポがキットの歩幅に合っているんですよ。

佐々木:なるほど!それがスコアリングということなんですね。

牛尾:『ファンタジア』的というか、そういう発想が『戦メリ』『ラストエンペラー』の時と、あきらかに違うと思うんです。もちろんテンポがあっていれば良い、という訳でもないのですが、『シェルタリング・スカイ』は、いわゆるオーセンティックな映画音楽――王道の映画音楽を、坂本龍一が初めて本格的にやった作品なんじゃないかと思うんです。それが、その後の映画音楽家としての共通言語になっていく。ここで僕がすごいと思うのは、この一歩がすでに到達点レベルのクオリティだということ。

熟練の作曲家のように、カメラの動きへの水平方向の進行や、歩幅への同期といった技法を散りばめながら、全体にはライトモチーフ(登場人物や場面に結び付けた、繰り返される曲や旋律)が通底している。初期坂本龍一のひとつの到達点であり、同時に出発点でもある。メロディの良さだけでなく、「映画にどう当てるか」という衝動に満ちている。

牛尾:ただ、その歩幅とテンポが合ってる曲って、サントラをみると、曲名が多分「Market」な気がするんですよ。そこ、別にマーケットが出てくるシーンじゃないですよね。だから、やっぱりベルトルッチが別のシーンを当てているのかも(笑)。

佐々木:ああ、それもベルトルッチの仕業だったのかもしれない(笑)。

劇伴作曲における「ノイズ」の存在。実写とアニメの違いとは?

佐々木:ベルトルッチという映画作家は、一作ごとにかなり題材やスタイルが変わっているし、ストーリー自体は割とメロドラマというか、俗っぽい展開もあったりする。じゃあ、どこがすごいのかというと、カメラワークだと思うんです。

カメラの動かし方がいつも絶妙で、登場人物の動きや心理みたいなものにちゃんと寄り添っていて、ぱっと見では気づかないこともあるけど、かなり複雑な動きになっている。そして、それが音楽と非常に合っている。牛尾さんの話を聞いていて、それを改めて思いました。

牛尾:色彩も変わっているし、普通には撮ってないですよね。

佐々木:カメラはヴィットリオ・ストラーロという、イタリアを代表する撮影監督です。凝ったカメラワークと音楽が互角の関係になっているのが、この作品だと思います。

牛尾:当時、坂本さんは、まだ40代前半ですよね。絶対、音楽的に新しいことをもっとしたがったと思うんです。

佐々木:アルバムで言えば『Beauty』の頃で、流行だったハウス・ミュージックなんかもやっている時期ですね。

牛尾:このエピソードは細部はうろ覚えなんですが『ラストエンペラー』の時に、坂本さんが、当時の最新のシンセサイザーで作った曲をベルトルッチに聴かせたそうなんです。

するとベルトルッチに「凄く良いけど、演奏者の衣擦れはどこだ?」と言われたそうです。

そのやり取りは、坂本さんの音楽観というか「ノイズ(雑音)」というものに対する考え方と、すごく共鳴したんじゃないかと、僕は思っていて。あくまで予想ですが。

佐々木:あるかも知れませんね。『シェルタリング・スカイ』の、民族音楽的な要素は、リチャード・ホロヴィッツという作曲家が主に担当しています。それと、映画の中の演奏のシーンなんかにしても、演出上のエスニックな音楽の描写という意味合いだけではなく、一種のフィールド・レコーディング(現地録音)でもあるんですね。風の音なんかも入っているし、そもそも映画ってそういうものですよね。

そういう、楽器の音ではない、ノイズとも溶け合う映画音楽を作ろうという視点は、坂本さんの中にもあったんじゃないかと思います。

電子音楽、民族音楽、西洋音楽、フィールド・レコーディングっていう、坂本龍一の音楽の四大要素が、この映画に入っている、という風にも思えますね。

牛尾さんは劇伴の作曲家として本当にいろんな仕事をされていますけど、実写の映像と、アニメーションの映像とで、作曲に対するアプローチや使う楽器は、変わってくるんでしょうか?

牛尾:実務的な違いは大きいです。映画は、編集段階で尺が決まっていて、「この映像に音楽を当ててください」と来る。実写の場合はその時点で当然、収録現場の効果音が入っているんです。それこそ足音、衣擦れ、吐息、セリフといったものが。

一方アニメーションは、音楽制作と作画、アフレコ、効果音が並行作業。僕に来る映像は“清潔”なんです。音がない。

 例えば今、朝ドラの音楽をやっているんですが、後半でフィルムスコア作業に入ると、「1、2、3、セリフ」「1、2、3、セリフ」みたいなリズム配置が生まれる。すると15分の体感時間が変わる。17分に感じたり13分に感じたり。音楽はタイムマシンだ、という話ですね。

逆に、アニメは音がないので自由度は高い。ただ歩行のコマ数など制約はある。例えば0.5秒周期で歩くならBPM120で合わせられる、といった設計が可能です。

さっき言ったような、キットの歩幅の話のように、役者さんの歩くテンポがリズムにフィードバック(影響)されると、過剰に「意味」が生まれるですよ。映像と音楽のリズムによっては、実際の時間経過とは違う時間の感覚が生まれることもある。

佐々木:時間の感じ方が変わってくるんですね。

牛尾:同じ時間なのに感じ方が違う、というのは、劇伴音楽の主たる仕事だと僕は思います。だから(足音などの)ノイズによってリズムが変わる、メロディーが変わる、曲の当て方が変わる、結果、時間の感じ方も変わるという感じですね。

アニメの方はノイズがないので、そこを気にせず作れますね。ただ、だいたいキャラクターが歩くコマ数は整数で。例えば0.5秒で歩くとしたら0.5秒は500msecなんで、BPM120だと四分音符ですね。そのテンポぴったりに曲を作ることもできるし、あえてズラすこともできる。そういうコントロールできる要素の違いが、実写とアニメとで違う、というのはありますね。

佐々木:音楽家としての心構えよりも先に、まず技術的な違いがあり、それが当然、音楽性にも影響を与えるということですね。

必ずしも「良い曲」が正解ではない。劇薬としての映画音楽

牛尾:ここでやっぱり坂本さんがすごいのは、カットに合わせてストップウォッチと譜面で測っていると思うんですよ。コンピューター上で映像に音をパッとハメるっていうことは、今は簡単ですが、当時はまだ難しいですよね。そういうのを徹夜で作業して「編集で×コマ減ったから、四拍目だけ×秒ズラそう」みたいなことをやっていたと思うんですよ。

佐々木:そういう苦労の末に、試写で観て(曲が)切られていたら、そうとうガックリしますよね(笑)。

佐々木:『シェルタリング・スカイ』は本当に、あのテーマのメロディが『戦メリ』と並ぶ、坂本さんの最高傑作のひとつだと思うんですよ。それで、今日の上映で、テーマが鳴っているシーンに対して「ここで曲がなかったら、どう見えてただろう?」と思いながら観ていたいんですよ。

実はなんでもないようなシーンでも、このテーマが流れることで、すごく情緒的に感じているのかも知れない──これって結構怖いことでもあるな、と思ってて。

牛尾:すごくわかります。冒頭の、港から二人が顔を出すシーンも、実はコミカルな場面だと思うんですよ。それが、あのテーマが流れると……。

佐々木:すごく悲劇的な予感がしますよね。

牛尾:これはあくまで例えですが、例えばニュース番組で「◯◯党が躍進」っていうアナウンスとともに『ワルキューレの騎行』がバックで流れたら、マズいと思うんですよ(笑)※。映画音楽家っていうのは、そういう音楽の使い方について自制的・自覚的にならざるを得ない面があると思います。

※ ベトナム戦争を描いたフランシス・フォード・コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』において、コッポラ監督は攻撃用ヘリコプターのスピーカーから『ワルキューレの騎行』を流し、ヘリコプターをワルキューレたちの乗る天馬に見立て、戦場における死神として描いている。

佐々木:音楽の力で、イメージを増幅することって、やろうと思えばできちゃう訳ですよね。よくわからないストーリーでも、曲が良くて泣いてしまう(笑)。音楽は劇薬でもある。

牛尾:難しい話だなーと思っても、あの『満月を見るのは、あと何回だろうか』というボウルズの詩と、あのテーマが流れてくることで、愛の無常感とか、そういうものでエモーショナルになってしまう。やはり、あのメロディーが書ける坂本龍一という人のすごさですね。

佐々木:改めて、こういう大きいスクリーンと音響で『シェルタリング・スカイ』が観られたのは良かったですね。

牛尾:あと何回 『シェルタリング・スカイ』を観られるだろう?と言った所でしょうか。

佐々木:僕よりずっと若い牛尾さんにそれを言われると、食らっちゃいますね(笑)。

トークでは、大島渚、ベルナルド・ベルトリッチといった巨匠たちとの仕事の中で、「世界のサカモト」としてグローバルなキャリアを形成していく過程の一幕が語られました。坂本龍一と映画音楽。その関係は晩年に手がけた是枝裕和監督『怪物』まで、絶えることなく続きました。坂本龍一という作曲家にとって、映画音楽とは何だったのか?音楽ライターの小鉄昇一郎が、トーク終了後の楽屋で佐々木敦と牛尾憲輔に話を聞いた。

― 坂本さんは、自分の好きなように音楽を作って発表することもできる立場だったと思います。にも関わらず、映画音楽という、ある意味で制限のある、クライアント相手の仕事を生涯続けたのはなぜだと思いますか?

佐々木:たしかに、映画音楽は監督の方が立場が上だし、音楽家にとって意に沿わない結果になることもあると思います。ただ、坂本さんはそれが楽しかったのではないかと思います。

完全な自由を与えられて、ダメになってしまう芸術家もよくいるんですよ。むしろ、条件や制限がある方が、燃えるという人もいるんですよね。そのあたりは牛尾さんも日々、体験していることだと思うんですが、どうですか?

牛尾:自分で好きに曲を作る楽しさももちろんありますけど、監督とやり取りする、つまりコラボレーションしていくことって、それはそれですごく面白いですからね。

例えば、僕は以前『平家物語』のアニメの音楽をやった時、琵琶の音を使ったんです。『平家物語』じゃなければ、一生、琵琶を使うことなんてなかったと思うんですよ。

『シェルタリング・スカイ』にしても、あのストーリーじゃなければ、坂本さんはああいう「泣けるメロディ」をわざわざ書かなかったと思うんですよ。「僕のニューアルバムの曲です」と言ってロマンチックなオーケストラの演奏をやる人ではなかった訳で。

それと、もともと坂本さんはシネフィルですし、映画音楽にチャレンジしてみようという気持ちは普通にあったんじゃないでしょうか。その過程で、劇伴の面白さというものに気付いたのではないかと、同業者としては思います。

― 坂本さんがあるインタビューで「”良い映像”に”良い音楽”を当てれば”良い映画”になるかと言えば、そう単純ではない」というようなことを仰っていたのが印象的で、今日のトークでもその辺りのことが触れられていたと思いますが、もう少し詳しく解説していただけますか。

牛尾:小津安二郎の映画について坂本さんが語ってるインタビューがまさにそうで「小津の映画は音楽が良くない」と言っているんですよね。

ただ、坂本さんはさらに「小津映画にとっての音楽とは”黒電話”なのかも知れない」とも言っていて。いわゆる昭和の、どこの家庭にでもある、ダイヤルの電話ですね。つまりスペシャルなものじゃなくて、ずっとそこにある、普通のものだと。小津の映画には、良い音楽は必要ではないのかも知れない、ということを仰ってたんです。

トークでも話しましたが、映画音楽は「良い映画のための音楽」であって「良い音楽」ではないんですね。監督から「ここに音楽を入れたいけど、メロディで邪魔してほしくない」と要望される場面って、いくらでもあるんです。そういう時は、例えば低い低音で「ズーーーン」と鳴っているだけの、アンダースコアと呼ばれるような曲を当てることもあるんですね。映画音楽には役割としてそれが求められる時がたくさんあるし、『シェルタリング・スカイ』以降、坂本さんの映画音楽にもそういう場面はたくさんありますね。

佐々木:やっぱりあの冒頭の、港でひょこっと顔を出すシーンでテーマがかかる所が重要ですね。あの曲があるのとないのとで、映画自体の印象すら変わってくると思います。牛尾さんがトークで言ってたように、すごいメロディーが書ける人ほど、音楽が与える印象の大きさというものに、自覚的になると思いますね。

― 坂本さんは新宿高校に通っていたのもあり、10代を新宿で過ごしていたそうです。また、YMO時代は、自分たちの音楽が「東京」から発信される、という点を強調していました。新宿、そして東京というエリアは坂本さんにとってどのような影響を与えたと思いますか?

佐々木:いわゆる「坂本龍一」として世に出ていく前の時期を、新宿で過ごしたということですよね。1960~70年代の新宿というのは、東京の中でも、本当に文化の中心地だった場所だと思うんです。そこで得たものというのは、大きかっただろうし「新宿っぽさ」というのは根っこにずっとあったんじゃないかと思います。

ニューヨークに住むようになってからは、新宿とか東京というよりは「日本」という意識が強かったのではないかと思います。それでも、新宿や東京が、文化的な故郷のような感覚は、おそらくあったんじゃないかとは思いますね。

牛尾:仰るとおり、若かりし頃の坂本さんにとって、新宿という街は重要な場所だったと思います。一方で、坂本さんは「アウターナショナル(ナショナル=国の外を目指すという意味の造語)」とも言っていたように、ここではない場所、外に向かって行くイメージを持っていたので、特定のエリアにこだわる人ではなかったように思います。僕は坂本さんに直接お会いしたことはないし、あくまで想像ですが。

新宿というのは、今も昔もとにかくエネルギーのある場所ですよね。今、歌舞伎町にいるような若者たちの中から、坂本さんのようなとんでもない音楽家が出てきたりしたら、面白いだろうなとは思いますね。

文:小鉄昇一郎
写真:谷川慶典

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