見知った美容室とは一線を画す雰囲気に圧倒されていたのも束の間、受付の長尾さんに手際よく消毒液と検温計を差し出され、店内に招かれてお茶を出された。
「いらっしゃい」と言わんばかりのアットホームなもてなしには、親戚の家を訪ねたときのような親しみやすさが感じられる。
新宿・歌舞伎町の高級クラブ全盛期に、店で働くママやホステスへのヘアセットを通じて「夜の蝶」たちを陰ながら支えてきた「Backstage.AZ(旧ビューティーサロン・アズ)」は、1日に200人ものお客が訪れていた時期もあるという。しかし、度重なるクラブの閉店に伴い、客数も減少。約半世紀の栄枯盛衰を、歌舞伎町とともにしてきた。
現在は受付の長尾久美子さんのほか、歌舞伎町の美容師として20年以上働く中西紀美子さん、中田小百合さんが在籍している。歌舞伎町の変遷を見つめ続けてきた3人に、彼女たちが見てきた風景や思い出話を教えてもらった。
「歌舞伎町のお客様は『とにかく早く』が大切なんです」
Backstage.AZの前身である「ビューティーサロン・アズ」が誕生したのは、ディスコブームが起きていた1980年代のこと。美容学校を卒業した後、高級クラブを運営していたママが立ち上げた美容室だった。
創業したばかりの頃は客足がまばらだったものの、ヘアセット技術の高さが口コミを呼んで人気が徐々に定着。創業3~4年目には歌舞伎町にその名が広く知られることになる。
アズ歴が最も長い美容師・中西さんが働き始めたのは、今から33年前。他の美容室で経験を積んだ後、ヘアセット技術を覚えるためにアズに転職した中西さんだったが、当初は求められる技術の高さを身に着けるのに必死だったという。
「歌舞伎町のお客様は『とにかく早く』が大切なんです。高級クラブのホステスさんは和服でしたから、10分ほどで和髪を仕上げなくちゃいけない。髪を巻いている時間もない中で素早く、それでいて崩れないスタイルをつくるという高い技術が求められました」
ヘアセットのスピードとクオリティのほかにも、高価な衣装を汚さぬように細心の注意を払わなければいけないことや、短い会話や洋服のテイストの中からお客様の好みを察したうえで「お任せ」をつくらなければいけないことも、高級クラブで働くお客様を相手にする美容室に必要な心遣いのひとつだった。
入店したての中西さんにとってハードルが高く感じることも多かったが、職人気質な美容師が多かったため「見て覚える」しかなかったという。
ヘルプで入ったときに先輩美容師の技術を「盗む」努力はしたが、お客様に育ててもらった側面もあると、中西さんは話す。
「毎日いらしている方ばかりなので、『ここをもっとこうしたほうがいいよ』などとお客様のほうが詳しいこともありました。気に入ってくださると『全部やっていいよ』と言っていただけることもあって、信頼していただけた気がしてうれしかったですね」
当時を振り返り、中西さんは顔をほころばせた。アズを離れることがなかったのも、お客さんとの関係があったからだと話す。
「このお客様がお店を辞めるまでは、と思っているうちに、時間が経ってしまった感じですね(笑)。限られた時間の中で何か深い話をするわけでもないのですが、毎日顔を合わせていると思い入れが自然と湧いてくるもので、お客様との関係があったから今まで続けてこられたかな」
生き残りをかけて挑むアズのクラウドファンディング
80年代は銀座か新宿かと言われるほどに栄華を極めた歌舞伎町の高級クラブも、バブル崩壊とともに衰退。今では歌舞伎町の代名詞ともなったホストクラブやキャバクラにその座を譲ることになる。
和装をしないキャバクラで働く女性の髪形は、より安価なヘアメイクで事足りてしまうため、アズをはじめとしたヘアセットに特化した美容室への客足は遠のいていく。一時は同じ歌舞伎町でしのぎを削った3~4軒の美容室も、景気の低迷やビルの取り壊しなどで閉店し、今ではアズしか残っていない。
「歌舞伎町で働いてヘアセットに来てくださる方って限られているから、ほぼ全員顔見知りなわけですよ。『最近見ないな』と思っていたらライバル店の美容室に行っているとすぐわかったりね(笑)。他の美容室との交流が直接あったわけではないのですが、なくなってしまうとやっぱり寂しいですね」
歌舞伎町という生態系の中で生きていたアズは、街の変化に合わせてかたちを変えることによって生き延びてきた。クラブが次々と閉店していった時期には歌舞伎町周辺に住む方に向けてビラ配りをし、年号が令和に変わったタイミングで、新たな時代のニーズにも対応できる美容室になるべく、2018年9月に一新し「Backstage.AZ」へと生まれ変わった。
しかし、進化を遂げてきたアズも、世の中の大きな潮流の中に飲み込まれんとしている。 そこで、生き残りをかけて始めたのがクラウドファンディングだ。
生き残りをかけて、とは書いたが、リターン欄からは湿っぽさが感じられない。
ヘアセットに特化した歌舞伎町の美容室で20年以上のキャリアを積んだベテランによる「和髪セット体験(3,000円)」や「ヘアセット+着付け(5,000円)」は破格だと感じる。夏祭りやイベントが軒並み中止になってしまったこの夏だからこそ、浴衣を着て自分自身で特別な日を「つくる」のもいいかもしれない。
「整体師・ゴッドハンド早乙女による整体」にも興味を惹かれるが、中でもパンチがあるのは「人生相談会」のリターンだ。「スタッフ最年長の長尾さんによる人生相談会(10,000円)」や「スタッフ全員(合計年齢166歳)による人生相談会(30,000円)」など、日本屈指のカオティックな歓楽街・歌舞伎町の変遷を長年見つめてきたお三方への人生相談会はやはり魅力的に映る。
「普段から人生相談を受けることはあるんですか」と水を向けると、「ぜ~んぜん! だからたくさん予約が入ったらどうしようと緊張しちゃって!」と口々に言うお三方。そのフランクさに、安心感と興味がより高まった。
また、クラウドファンディングをスタートするにあたり、InstaLIVEをするようになったという長尾さん。視聴者はクラウドファンディングをしてくださった方1~2人だというが、そうした方とのコミュニケーションツールとして、テレビ電話感覚で使っているという。
また、店頭にある招き猫やレトロなビューティグッズなどを販売するコーナー「ながお商店」も、お客様のために設置されたもの。「お客様が欲しいと言ったものは、何でも用意しておこうという精神です」と長尾さん。
お客さんが減っちゃってね、とは言うものの、「お客様のためなら、何でもやってやろう」という姿勢はめでたいお祭りごとのようで、かえってこちらが元気づけられる。アズの“お祭り”に参加するつもりで、支援させてもらいたいと思った。
「お客様が帰ってこられる場所を残したい」
最後に、改めてこの場所を残したい理由は何ですか、と聞くと、長尾さんは「お客様が帰ってこられる場所を残したい」と答えてくれた。
「お客様は親戚のような存在です。毎日出勤する前に立ち寄ってくれたお客様が一晩頑張れるように送り出す。お客様にとっては『第2の職場』のような位置づけだったんじゃないかなと思います。深い話をするわけでもないんだけど、毎日顔を合わせて、一緒に歳を取ってきたお客様が、一旦アズを離れても何かの折に帰ってこられる場所を残しておきたいと思うんです」
そう語る通り、実際にアズを一度離れた方が、“帰ってきた”ケースもある。
1年半前からアズで働き始めた中田さんはそれまで、同じく歌舞伎町にあるアズの“ライバル店”にあたるヘアセットに特化した美容室で20年以上働いていた。しかし、ビルの取り壊しにあたり、店が閉店するタイミングでアズに移籍。中田さんのヘアセットを求めてアズを訪れるようになったお客様の中には、かつての常連もいたという。
歌舞伎町という小さな街に長く場所を持っていると、こうした“再会”は珍しいことではないと長尾さんは話す。そういった意味でも、今や最後の砦となってしまった場所を失うことによる喪失の大きさは計り知れない。
「ヘアセットがメインではありますが、カット(3,500円)やカラー(4,000円~)もできますし、前髪カット(500円)だけでもOKです。若い方にも、本当に気軽に来てもらえたら」と長尾さん。
美容室の仕事は、髪を切り、染め、セットすることだ。さらに、同じ場所で長年営業を続けていると、積み重なってきた人と人との関係も、店とお客の資産になっていく。
「美容師の腕がいい」「雰囲気がいい」など、美容室を選ぶ理由は人それぞれだが、ホッと安心するために美容室に通うことがあってもいいんじゃないか。取材を進めていくうちにそう思った。
歌舞伎町の歴史を知るだけでなく、今も進化を続ける老舗美容室「Backstage.AZ」、あなたもぜひ訪れてみてほしい。
text:佐々木ののか
photo:中矢昌行