2022年2月には新たに「クラブ春」をオープンし、ホスト歌会主宰者として「NHK短歌」などにも出演。地上と地下を行き来しながら活躍の幅を鮮やかに広げ続ける手塚さんだが、その拠点は常に新宿・歌舞伎町にある。この地で働き始めて20年強の手塚さんに、今の新宿の魅力とそれを堪能する遊び方について聞くと、いつしか手塚さんのビジネス論に……。
田中開(以下、田中):僕は学生時代から、(手塚)マキさんの店「BRIAN BAR G」で飲んでいたんですよ。めちゃくちゃで面白かった。
手塚マキ(以下、手塚):「BRIAN BAR G」をオープンしたのは2005年だね。ゴールデン街の理事会の人に頼まれて始めたんだけど、ゴールデン街の外の人間で、家賃も取りっぱぐれなくてめんどうじゃなさそうだからという理由で俺が声をかけられたんだと思う(笑)。
田中:とにかくテキーラを飲みまくって……いやテキーラをかけ合って、着ていたシャツをコンロで焼いて乾かすという遊びをする、めちゃくちゃおもしろかったけどめちゃくちゃ疲れる店だった(笑)。
手塚:ひどい店だね(笑)。ゴールデン街はカウンターに誰が立っているかが重要で、その人に会いに客が来る“人に客がつく店”が多かったけれど、自分がやるなら“店に客がつく”ビジネスにしたいと思ったんだよね。やっぱり、“人依存”って疲れますよ。ホストという商売がそうだからこそよくわかるんだけど、店=自分になって乖離ができなくなるとストレスが溜まるし、店長がわがままになる。だから「BRIAN BAR G」ではチーム戦を意識して、複数人でぐるぐる回していました。それによって手が空いたスタッフがゴールデン街の他の店に飲みに行くようになり、いつの間にか見事にその村の住人になっていましたね。
田中:当時(2000年代後半)のゴールデン街は勢いがありました。1回バブルが弾けて店がなくなって、そこからもう一度盛り上がった世代なんじゃないでしょうか。それまで文壇を始め文化的な側面がゴールデン街の特徴だったのが、失礼な言い方になるかもしれないけれど、その頃は文学の話も政治の話もしなければ編集者もいなくて、ただ飲兵衛が「飲んで・騒いで・楽しい!」みたいな……歌舞伎町に近くなったように感じましたね。世代交代もあって若い子たちも多く、女の子も増えて、とにかく僕は楽しかった。ところでマキさんは、最近クラブを作られましたね。
手塚:2022年2月に「クラブ春」をオープンしました。ゴールデン街の「MISO SOUP」という店の副店長が「3、40代のオアシスになるような、スナックをやってみたい」と言うから、歌舞伎町で場所を探してスケルトンの物件を見つけたのだけど、ターゲット世代の自分としては「女性とゆっくり話せて良い酒が飲める場所がほしいな」と思って、クラブにすることを提案しました。とにかく今はキャバクラバブルで店も増えているけれど、そこまでわちゃわちゃしたくないし、キャバクラで良い酒を飲もうと思ったらすごくお金がかかる。
田中:歌舞伎町は、静かなお店がないですよね。これはゴールデン街もそうだけど、基本的に誰かと交わらないといけないし。
手塚:人と人が物理的に近いというのも原因の一つだよね。誰かと行っても一対一にはならず、周りを巻き込んでの議論になってそれが良い場合と面倒な場合がある。クラブだと、自分の席がその瞬間はパーソナルスペースになるから、そういうところで女性と良いワインでも飲んで帰る……という遊び方はいいなと思ったわけ。大人がちゃんと飲める店が意外と少ないから、そういう場所を作りたいという気持ちが今はありますね。
田中:マキさんは毎日新宿にいるんですか?
手塚:半分はいるかな、事務所もあるし。もちろん他の街にも飲みに行くけれど、商売として「こんな街にしたい」という思いは持たないね。「Smappa! Group」は、「歌舞伎町、めっちゃ面白くね?」ということを体現している会社なので、この街の中で色々できたら良いなとは思っていますよ。(田中)開くんは、ほとんどゴールデン街にいるの?
田中:そうですね、僕はゴールデン街にいることが多くて歌舞伎町にはたまにキャバクラに行くくらい。歌舞伎町にいるお客さんで歌舞伎町の中の人は少なくて、常に外の人が入れ替わり立ち代わり遊びに来ているイメージ。東京自体がそうですけどね。
手塚:遊びに来る人の入れ替わりのサイクルも早まっているかもしれないけれど、店が入れ替わるサイクルもものすごく早いよ。うちのホストクラブは今年で19年目になるけど、そういう歴史には全く価値がない。1〜2年で流行が変わるサイクルで、3年前はインスタのフォロワー数が多いことの価値が高かったけど、今重要なのはYouTubeのチャンネル登録者数やTikTokのフォロワー数だね。そこからホストやキャバクラに興味を持つ子が増えている。
田中:コロナ流行の影響で店がなくなってしまうかと思ったら、逆に増えているという……今の若い子がコミュニケーションを求めているだとか、そういう真面目な話ではないのですよね?
手塚:そういう話ではないと思うね。商売は、「やるやつが儲かる」。うちなんてコロナ禍の間、真面目に全部閉めちゃって、ケーキのネット販売「Cake with」なんて始めたけどね。本当は何も考えないほうが強いのかもしれない。コンセプトなんて、手放したほうが良い。
田中:クラブはコンセプチュアルな場所ですもんね、コンセプトから逃れられない。
手塚:そうなんだよ、お洒落な内装にしてもダサくなってきてからのほうが儲かるんだよ。だって、流行っている服なんて着たくないじゃん。みんながしていることなんてしたくないし、みんなが行っているとこなんて行きたくないんだから、1歩遅れているくらいが儲かるんだよ。辛いよね(笑)。
田中:マキさんがやっている介護のサービスはまたベクトルが全然違いますよね。儲かるビジネスじゃないかもしれないけれど……。
手塚:介護のビジネスは、赤字のまま3年続けていますね(苦笑)。行政のフォローもないから、手広くやらないと利益なんて出せない。雇用も難しくて、だから大手ばかりになってしまうんだよね。介護施設はうちの事務所に併設しているんだけれど、「今日で最後だから」って毎日挨拶に来る認知症のおばあちゃんや、「寂しいし暇だよ」って会いに来るおじいちゃんがいて、コミュニケーションをとるのは面白いよ。あとは、夜働いている人たちの子供の面倒を見る託児所もやりたいな。新宿に根を張っている限りは、地域の課題を解決するようなビジネスはやりたいと思っています。金にならないけどね(笑)。
田中:確かに、儲からなそうではありますね。今日の結論は、「ビジネスは考えないほうが儲かる」ということで。
田中開 Tanaka Kai
新宿ゴールデン街「The OPEN BOOK」(東京都新宿区歌舞伎町1-1-6 ゴールデン街五番街)店主。1991年、ドイツで生まれ、東京で育つ。早稲田大学基幹理工学部卒。新宿ゴールデン街にレモンサワー専門のバー「OPEN BOOK」、新宿一丁目に「OPEN BOOK 破」、日本橋のホテルK5内に「Bar Ao」を経営。直木賞受賞作家の田中小実昌を祖父に持つ。今年5月初の著書『酔っ払いは二度お会計する』(産業編集センター)を刊行した。
写真:池野詩織
文:平井莉生(FIUME Inc.)