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【NEXT UP!#26】NEW RESONANT:受け継ぐことと、逸脱すること。そのあわいで生まれる新たな表現

歌舞伎町

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NEXTUP
DATE : 2026.10.15
劇場、ライブホール、屋外ステージ、路上ライブスペース、ナイトクラブ──さまざまな“表現の場”が、東急歌舞伎町タワーにはある。ダンサー、シンガー、アイドル、DJ…。そこで日々パフォーマンスを行うクリエイターたちの顔ぶれもまた、幅広い。

あらゆる価値観が交差する歌舞伎町に集う次世代の才能たちの、過去・現在・未来に迫るインタビューシリーズ「NEXT UP!」。

第26回は、日本の伝統芸能に深く根を張りながら、異なる身体表現や音楽を掛け合わせ、新たな舞台表現を生み出すNEW RESONANT。中心を担うのは、長唄の唄方として歌舞伎の舞台に立ちながら、AJ名義でダンサー、DJ、イラストレーターとしても活動する芳村長五郎と、和太鼓をルーツに篠笛・鳴物の演奏、音曲制作、演出まで手がける熊田和也だ。

同い年でありながら、表現へのアプローチは「真逆」だという2人。伝統と現代、舞台とストリート、構成と即興。その境界を行き来しながら、彼らは何を受け継ぎ、何を更新しようとしているのか。新宿・歌舞伎町でのパフォーマンスを終えた2人に、それぞれの原点からNEW RESONANTの現在、そしてこれからについて聞いた。

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<NEXT UP!的 推しポイント>

  1. 正反対の2人から生まれる“共鳴”

  2. 新旧あらゆる芸能の交差点

  3. 「新しいのに、昔からあった」表現へ

左:芳村長五郎、右:熊田和也

NEW RESONANT

日本古典芸能の構造や身体性を起点に、現代の音楽やダンスなど異なる表現を交差させ、新たな舞台表現を探求するプロジェクト。芳村長五郎と熊田和也を核に、プロデューサーの境祐人とともに活動し、さまざまな表現者との協働を展開している。

2026年10月24日(土曜)に第一回舞台公演「三本の指 / 申」を控えている。

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芳村長五郎

長唄の唄方として歌舞伎や長唄の舞台に出演する一方、別名義「AJ Camelman」としてダンス、DJ、イラストなどジャンルを横断して活動。伝統芸能で培った身体感覚や舞台経験と、自身が触れてきたさまざまなカルチャーを独自に解釈し、表現へと昇華している。

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熊田和也

和太鼓をルーツに持ち、篠笛・鳴物奏者として活動。2019年より佐渡島の太鼓芸能集団「鼓童」の文化財団研修所で研鑽を積む。NEW RESONANTでは演奏に加え、音曲制作や演出も担い、祭囃子や即興性から得た感覚を現代的な舞台表現へと展開している。

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—Beginning— 
あらゆる芸術を、自分なりに解釈したい

― 芳村さんは、長唄の唄い手として歌舞伎や長唄の舞台に出演する一方、別名義の「AJ Camelman」としてはダンスやDJ、イラストなど、ジャンルを超えて多岐にわたる活動をしています。そんなご自身の表現の核になっているものを、まず教えていただけますか?

芳村長五郎(以下、芳村): まずひとつは、やはり歌舞伎の舞台です。歌舞伎は、演者や技術スタッフ全員の呼吸が合わなければ成り立たない舞台なんです。舞台芸術としてのそうしたあり方には、強く影響を受けています。

もうひとつは、全然話が変わるんですけど、バナナマンのお二人の存在です。僕にとっては憧れというか、神のような存在。男としてのかっこよさも含めて尊敬していますし、目指している人たちでもあります。エンターテイナーとして魅力を届け続けている姿に、向上心を高めてもらっているんです。

― その2つの共通点を考えてみると、幅広い活動すべてを「総合芸術」としてアウトプットしたい、というような表現の核もうかがえますね。

芳村: 総合芸術も好きですが、個々の芸術を僕なりに解釈して発信していくスタイル、と言うほうが合っているのかな。バナナマンのお二人もサブカルチャーが好きで、それを汲み取り、自分たちなりに解釈して発信したりしていますよね。僕もそこに影響を受けています。

例えば、以前東急歌舞伎町タワーでのステージに出演したときには、歌舞伎の伝統的な酔っ払いの表現と、志村けんさんの芸を意識した要素を少しずつ取り入れたりもしましたね。

― ダンスはどのようなきっかけで始めたんですか?

芳村: 中学3年生のときに、「何をやってもいい」という舞台で友達に誘われたのが最初です。「ダンスなんて……」と一度断ったんですけど、帰り道に急に「友達のところに戻れ」と頭の中で言われた気がしたんです。その日から1週間練習して本番に臨みました。ボロボロのダンスだったんですけど、その経験がすごく楽しかった。それが原点ですね。

― 先ほど新宿カブキhall〜歌舞伎横丁でのパフォーマンスを拝見しましたが、芳村さんのダンスはコンテンポラリーにとどまらず、ロック、ポップなどさまざまなジャンルが組み合わさっている印象を受けました。

芳村: そうなんですよ。僕は興味を持ったことには全部手を出さないと気が済まない性格なので、ワック、ロック、ポップ、ヒップホップ、ブレイクなど、ダンスのジャンルも絞らずに、好きなものを全部続けてきました。それがそのまま表現につながっているという感じですね。

芳村長五郎

― ダンスと長唄は、ご自身の中でどちらもつながっているという意識があるのでしょうか?

芳村: 大学生の頃は、先生や周りの目も気にして、長唄とダンスに向き合うマインドが混同してしまうのを避けるために、あえて別物として捉えていたんです。

でも大学を卒業してからは、「芳村長五郎」と「AJ」という人格を現場ごとにうまく切り替えられるようになったので、かえって自分の中でのブレがなくなって。歌舞伎の楽屋ではきちんと楽屋仕事をこなしつつも、頭の中では両方の知識や表現を一緒に育て、考えていく。そういうことができるようになって、今は気持ちもすごく楽になりましたね。

「生きる」実感を、表現したくて

― 熊田さんが和太鼓奏者として活動する中で、ご自身の価値観が変わったような印象的な経験はありますか?

熊田和也(以下、熊田): 和太鼓奏者として自分自身が変わった大きな出来事は、2019年に佐渡島にある「鼓童」の文化財団研修所に2年ほど行ったことです。携帯もテレビもなく、太鼓と自給自足の生活だけに集中して取り組みました。

それまで、自分ひとりで生きていくことの大変さに触れたことがなかったので、そこで「生きる」とはどういうことなのか、深く学びを得たんです。毎日同じメンバーと顔を合わせて生活する中で、どう自己表現していくかを考えるうちに、「表現をしないと、人って死んでしまうんじゃないか」とも思うようになって。それが今の自分の、表現者としての核になっています。

― 和太鼓だけでなく、お囃子を習うようになったきっかけは?

熊田: もともとお祭りが好きだったんです。自分の表現をするうえでもうひとつバックグラウンドになるものが欲しくて、各地のお囃子に参加されている方のもとへ通って習い始めました。

各地のお祭りに触れる中で、1年に1回のお祭りの瞬間のために、みんな必死に生きているということを強く感じました。「その瞬間をいかに楽しむか」「心を躍らせるか」という人々の営みに触れたときに、その場でしか生まれない表現や音があることにも気づかされて。「今」を表現するという意味では、お囃子は和文化の中でも一番ジャズやセッションに近い感覚があると思います。

― 熊田さんは、「今を生きている」という実感を自分自身で掴み取ることに、表現の核を置かれているように感じました。

熊田: おっしゃる通りですね。

同い年で、真逆。だからうまくいく

― それぞれバックグラウンドも、伝統文化を始めた経緯も異なるお二人ですが、どのように出会い、NEW RESONANTという活動を始めるに至ったのでしょう?

芳村: 実は、僕たちはこのプロジェクトで初めて知り合ったんです。ちょうど1年くらい前に、「ダンスと長唄が一緒に成立するような表現をやりたい」と僕に声がかかったのが始まりで。

熊田: 最初は、伝統芸能を踏襲することは全然考えていなくて、ダンサーと何かライブをやってみたいと相談したのがきっかけでした。パッとやってパッと終わる、うまくいけば続けようか、くらいの感覚だったんです。

でも、この「NEW RESONANT」を一緒にやっているプロデューサーの境祐人が、「幼い頃から重ねてきた街や体験、起きる事象すべてからインスピレーションを受けて、新しいものを作ろう」と。そこから「新しい共鳴」という意味を込めた「NEW RESONANT」というプロジェクトへと広がり、僕ら2人が核になって、さまざまな方に声をかけながら大きくなっていきました。

芳村: 裏方の作業は僕と熊田、境の3人で全部やるんですけど、僕と熊田は同い年ということもあって、大衝突もたくさんしました(笑)。お互い、言い合いやすいですからね。その中で、時間をかけて密にコミュニケーションを重ねてきました。

音楽的な面で言うと、熊田は理論通りに組み立てるタイプなんです。僕は真逆で、大学では理論を学びましたけど、理論の外にあるジャンルも好きで、アンビエントやジャズ、ヒップホップなどを聴いて育ってきた。だから、熊田がまっすぐ線路を走っているところを、僕がキュッとその線路を変える、みたいな組み合わせ。それが意外とうまくいっていると思います。

—Essence— 
伝統や文脈を尊重しながら、可能性を広げたい

― 熊田さんは篠笛・鳴物の奏者であるとともに、NEW RESONANTでは音曲の制作や演出も担当されています。先ほど、お囃子の即興的な側面についても話されていましたが、パフォーマンスにも即興的な部分があるのでしょうか?

熊田: 半分くらいは即興ですね。決められた構成や譜面がある部分もありますが、その場の環境音を感じて反応するようなシーンも必ず設けています。その場の空気感を感じるのがすごく好きなので。

― 音曲の制作についても教えてください。作品を作るときは、構成や演出より先に音から作るのでしょうか?

熊田: 普段は音先行で作ることが多いんですけど、次の公演「三本の指 / 申」では先に脚本があったので、新しい挑戦として、それをベースに音曲を作りました。そこから、出演するダンサー2人、三浦琉那と颯希の特徴や歩幅、手の動きの癖を頭の中でイメージして調整していきました。

ダンサーの感情の起伏や心の動きも身体表現に表れるものだと思うので、それを捉えながら修正を加えたりもしています。

熊田和也

― 日本人であっても、必ずしも伝統芸能に馴染みや知識があるわけではなく、難しさや敷居の高さを感じてしまうこともあると思います。2人はNEW RESONANTの表現やパフォーマンスについて、どのように伝えたい、あるいは伝わってほしいと考えていますか?

熊田: 僕自身は、どちらかというと分かりやすさを大事にしたいと思っているほうで。一方で芳村は、彼の出自やこれまでの経験から、伝統芸能のよりコアで細かい文脈を理解してNEW RESONANTの表現を支えてくれている。

初めて観る方にも親しみやすいと思ってもらえるよう、ポピュラーな曲調を取り入れたり、一見敷居の高い伝統文化とダンスが結びつくことで、「これはこういうシーンなのかな」と、演者の感情の動きそのものを想像しやすいものになっていたらいいなと思います。

― 伝統を「守る/壊す」という二項対立ではない表現を、ということですね。

芳村: 長唄や歌舞伎はもともと、新しいものを取り入れながら成長してきたもので。だから僕たちも、伝統を守るか壊すかではなく、ルーツや文脈を尊重しつつ、可能性も広げていきたい。

例えば次の公演では、歌舞伎の演目の「土蜘蛛」を「三本の指」、「操三番叟」を「申」と名称を変えて上演します。これは原作の演目をリスペクトしているからこそ、本来のそれとは別物であることを示すためです。そのうえで、誰でも入ってきやすい「入口」として楽しんでいただければと。観た人が歌舞伎、長唄、ダンス……どこかしらに興味を持ってくれたら嬉しいですね。

― 歌舞伎町は、映画館や劇場、ライブハウス、クラブ、ストリートパフォーマンスなど、異なる文化が非常に近い距離で共存している街です。一方で、もともと歌舞伎の劇場を誘致する構想があったことが、その名の由来にもなっています。そうした場所で、伝統芸能に根を張った表現をすることに面白さを感じる部分はありますか?

熊田: 僕個人としては、ストリートの空気感や環境によって笛の音色などが影響を受けて、ストリートっぽい強い響きになるという発見もありました。街の環境と伝統芸能が有機的に混ざり合う面白さも感じますね。

芳村: 歌舞伎町は、個人的にも友人のお店があったりとお世話になっていますし、この場所に立てること自体に喜びを感じます。海外の方に対してもそうですが、僕は日本の伝統芸能を、特に日本の方にこそ知ってもらいたい。そのための良い機会だと思っています。

― 今回のように周囲の音が賑やかな場所でパフォーマンスする際、たまたま通りかかった人の足を止めるために意識していることはありますか?

芳村: 自分の中で受け取った音で完結させる動きと、演奏者と目線を合わせるパート、そして外へ広げる動作を行き来させながら調整しています。周囲のガヤガヤした空気感も役に引き込んで、表現に変えていますね。先ほども挙げた酔っ払いのパフォーマンスをしたときには、お客さんに絡んでみたりもしました。

熊田: 街のノイズがある環境では、流されてしまわないように、パッと耳を惹く一音の音色にこだわっています。強い周波数の音を出して、一本芯を通すような感じというか。劇場での緊張感とは違って、環境に馴染めるかという挑戦の不安や面白さがありますね。

—Future— 
いつか大舞台も。新しいのに、昔からあったかのような表現を

― お二人がNEW RESONANTとして、今後さらに挑戦していきたいことや目標があれば教えてください。

熊田: もっとほかの楽器や表現者の方を交えて、新しい表現でありながら、あたかもその表現が昔から当たり前に存在していたかのような錯覚を起こしてしまう。そんな舞台を作れたらと思っています。

芳村: このプロジェクトがどこまで続くかはまだ分からないですが、今回作り上げたものも「こんなにいい舞台はほかにない」と思えるくらい、2人とも自信を持っているので。いつか歌舞伎座のような、本来はなかなか立つことのできない大舞台でも表現してみたいです。

― ちなみに、次回の公演「三本の指 / 申」は喜多能楽堂での上演ですよね。

芳村: 僕は以前、映画『国宝』で振付・舞踊指導を担当された日本舞踊家の谷口裕和さんと田中泯さんが出演した舞台「独独座―コレモコテン―」を喜多能楽堂で観たんです。そのとき、泯さんがひとりで踊られている姿を見て、すごく感動しました。

僕も、今回一緒に出演するダンサー2人も泯さんが大好きで。だから今回は、喜多能楽堂で絶対にやりたいと思っていました。そこで上演できることになったのは、本当に嬉しいですね。

― 最後になりますが、お二人はそれぞれ、どんな「オトナ」になりたいですか? 人として持ち続けていたい姿勢などがあれば教えてください。

熊田: 僕は自然が大好きで。埼玉県飯能市という自然豊かな環境で育ったんですけど、東京にいると、自然に包まれて感動する時間が少なくなったと感じています。その中でも、肌で感じ取る空気や、そこから生まれる表現者としてのインスピレーションを大切にして、そのときにしか生まれない音を奏で続けたいです。

芳村: 僕は、大人になりたくない(笑)。いつまでも少年の心を忘れないでいたいですね。大人にはならなければいけないとは思いますが、昔からの仲間といるときの、子どものような感覚を持ち続けていたいです。

目指すべき大人像としては、やっぱりバナナマンのお二人。お二人のような色気と包容力とクリエイティビティを持った存在になりたいですね。

文:井草七海

写真:谷川慶典

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