その音の先には、時代とともに変わり続ける歌舞伎町の一角で、1978年のオープンから40年以上にわたり変わらぬ楽しみを提供し続けている「新宿バッティングセンター」がある。
日本各地でバッティングセンターが姿を消していく中、なぜこうして長く愛され続けているのだろうか。その理由を探った。
子どもたちのための場所から、“歌舞伎町”という街のための場に
新宿バッティングセンターが生まれた1978年(昭和53年)は、高度経済成長期の末期。新宿に高層ビルが次々と建設され、東京有数のオフィス街として発展した時期と重なる。
この少し前、読売ジャイアンツが1965年(昭和40年)から1973年(昭和48年)にかけて9年連続で日本シリーズを勝利し、野球選手は多くの子どもたちにとって憧れの存在になっていた。
そこで、歌舞伎町という繁華街に地域のにぎわいを創出し、子どもたちに楽しみの場を提供することを目指して設立されたのが新宿バッティングセンターだ。
1980年代後半は、バブル経済の影響もあり、レジャー産業全体が活況を呈していた。新宿バッティングセンターには子どもたちだけでなく大人たちも訪れ、地域の人々の憩いの場として親しまれるようになった。
一方で、2000年代以降は苦境に立たされる時期も少なくなかった。東京都が主導した「歌舞伎町浄化計画」で常連だった歌舞伎町の住人が去ったこともあるし、新型コロナウイルスの影響で街から人の姿が消えたことも。さらに、レジャーの多様化により、日本各地でバッティングセンターの閉店も相次いだ。
その中で新宿バッティングセンターは、女性専用の貸出備品やイベントの設置、外国人観光客への対応など、多様なニーズに応える取り組みを行い、幅広い客層の支持を得てきたのだ。
「ここは本来、子どものための場所ですが、1日を通して考えるとこの街のためにあると思っています」
そう話すのは、新宿バッティングセンターの運営に20年近く携わっている店舗責任者の村山さん。朝10時から明朝4時まで営業していることもあり、夜になると酔っ払いも目立つ。しかし、それも一部の要素。歌舞伎町という歓楽街にあるからこそ、さまざまな人が楽しく遊べる場所になることを目指しているという。
「歌舞伎町という街柄、怖い人や怪しい人が集まりそうな印象を持つ人がいるかもしれませんが、実際はそんなことありません。『安全』『クリーン』『明るい』が我々のモットー。昭和の古きよきレトロな雰囲気は守っていくけれど、暗くて古い店にはならないように心がけています」
球技経験者じゃなくてもいい、バッティングセンターの楽しみ方
新宿バッティングセンターには、12のバッターボックスがある。共通するのは「軟球であること」と「変化球がないこと」。球速も70/80/90/100/110/120/130kmと初心者でも打ちやすい設定だ。靴やヘルメットなどは誰でも無料で利用できる。
また、受付で会員登録(入会金100円、年会費無料)を行うことで、プロモデルのバットの利用も可能だ。本格的なバッティングを楽しみたいなら会員登録は忘れずに。
ちなみに、新宿バッティングセンターではピッチング(ストラックアウト)も楽しめる。また『ぷよぷよ通』『ファイナルロマンスR』などのアーケードゲーム機や、『北斗の拳』や『南国育ち』などのパチスロ機も設置されており、休憩がてらプレイするお客さんも多い。
また通路には、芸能人やスポーツ選手のサイン色紙、「ホームラン王」「ストラック王」の張り紙も並ぶ。上位成績者には商品券やギフトカード、回数券などを毎月配布している。「腕に自信のある人は、ぜひチャレンジしてみてほしい」と村山さんは話す。
インバウンド&大谷効果で外国人観光客にも人気スポットに
近年は、外国人観光客も増加している。実際、開店後に入店するお客さんを観察していると、1組目、2組目、3組目も外国人だった。
ある男女カップルは、物珍しそうに店内を見て回ったあと、村山さんにバッティングボックスを指差して遊び方を尋ねていた。村山さんが英語で答えると、男性は小銭を持ってバッティングボックスへ。
「最近はインバウンド効果に加えて、大谷翔平選手の活躍が目立っていることも影響していると思います」
意外にも、海外にはバッティングセンター自体が少ないのだという。また、大谷選手のようなスタープレイヤーのルーツを辿ったとき、バッティングセンターが日本の文化であることを知り、観光がてら遊びに来ているのではないかと村山さんは推測する。
新宿バッティングセンターの“これから”を考えたリニューアル
2024年10月中旬には、老朽化改善を軸にリニューアルも実施した。
主な変更は、ネットの張り替えと投球モニターの導入。張りのあるネットに生まれ変わったことで開放感のある空間になり、モニターは夜間でも視認しやすくなった。
また、リニューアルに伴って1ゲームの料金を300円から400円(球数:25球)に変更した。物価高騰の時代だからといって安易に値上げをしたわけではないという。
「ボールにせよ、バットにせよ、備品の値段は以前から徐々に上がっていたんです。でも、それを理由にお客さまに負担を強いるのは気持ちのいい話ではありませんよね。マイナスでしかありませんから。私たちとしては、400円に値上げすることでお客さまにどんな楽しみを提供できるかを考えました。その結果として取り組んだのが、今回のリニューアルです」
たった100円のことではあるけれど、そこには年月を経る中で積み重ねてきた信頼関係も関わってくる。新宿バッティングセンターを長年親しんでくれるお客さんを裏切りたくない。そんな思いを胸に行ったリニューアルだったわけだ。
消耗品のバットやボール、装置や機器の電気代の高騰を理由にせず、サービスを充実させる方向に舵を切る。この運営スタンスこそが、新宿バッティングセンターが長年愛され続ける理由なのだろう。
多種多様な“ガチ勢”が集まる場所、それが新宿バッティングセンター
新宿というターミナル駅に近く、歓楽街の中にあるからこそ、さまざまな客層が絶え間なく訪れる場所となっている新宿バッティングセンター。ここには年齢問わず、目的も、遊び方も多種多様な人が集まる。まるで歌舞伎町という街の縮図のように。
「バッティング技術を上げたい人、健康志向の人、ゲームでハイスコアを出したい人、意中の人にいいところを見せたくてバッティングに挑戦する人など、ここにはさまざまな“ガチ勢”が集まっています。この記事を読んでくれた人は、何のガチ勢として遊びに来てくれるんでしょうね。楽しみにお待ちしております」
そう言って、村山さんは笑った。
文:石川 優太
写真:林 将平
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