東急歌舞伎町タワーの館内には、いたるところに歌舞伎町や新宿の歴史や多様性を表現するモチーフがちりばめられている。JAM17 DINING&BARも、そのひとつ。ダイニングへ続く壁一面にはアナログレコードがディスプレイされているが、これらをセレクトしたのは、新宿に所縁のある5人のアーティスト。
彼らは新宿にどんな想いを抱き、レコードを選んだのか。そして彼らが新宿に感じる“GROOVE”とは? 第3回に登場いただくのは、アーティストコレクティブ・Chim↑Pom from Smappa!Group(以下、Chim↑Pom)のメンバーである林靖高さん。展覧会「ナラッキー」(※) が開催されていた会場・王城ビルでお話を聞いた。
[連載:『あなたが思う“GROOVE”』‐6組のアーティストたちが選盤したレコードを紹介]
新宿・歌舞伎町に2023年5月に誕生したHOTEL GROOVE SHINJUKU, A PARKROYAL Hotel。お客さまの滞在が、各エンターテインメント施設や新宿のまちと呼応した“高揚感”に包まれるよう魅力ある音楽を意味する“GROOVE”がホテル名の由来。開業にあたり、新宿や歌舞伎町にゆかりのある6組のアーティストを選者に招き、「JAM17 DINING & BAR」にてレコードを展示。選者それぞれにとっての『あなたが思う“GROOVE”』を探っていく。
林靖高(Chim↑Pom from Smappa!Group)
2005年に結成したアーティスト・コレクティブ、Chim↑Pom from Smappa!Groupのメンバー。主に写真、映像作品などのヴィジュアル回り、イベントの際のオーガナイズも担当する。また、稲岡求、西村健太と共に園藝プロジェクト「Leggy_ 」も主催。
JR新宿駅の東口から、東急歌舞伎町タワーへ──その道のりで鳴り響く音楽。
林靖高さんが選んだ5枚のレコード
─ 「JAM17 DINING&BAR」のために林さんが選んだ5枚のレコードについて聞いていきたいと思います。どんな基準や方向性で選ばれましたか? 他のレコードのなかでも、なかなか異彩を放つセレクトという印象です。
なかなかですよね(笑)。この5枚は、JR新宿駅の東口から、東急歌舞伎町タワーまでの道のりで「街にイースター・エッグ(※)的に隠された記憶装置としてのGROOVE」をチョイスしています。記憶の点と点がつながって新宿の風景を思い出すような……僕個人の思い入れも呼び覚ます、「原点」になっているレコードです。
※イースター・エッグ:音楽や映画などにおいて、作品に仕込まれた隠しメッセージのこと
<林さんがセレクトした5枚がこちら>
今回は、林さんがイメージする「道のり」順にひもといていきたい。
1. PUBLIC IMAGE LIMITED/LIVE IN TOKYO(1983)|新宿駅東口前
PILの初来日公演を収録したライブアルバムです。ジャケットからして、「かっこいい新宿」が閉じ込められている感じがします。撮影場所は新宿駅東口前のスクランブル交差点、今はビックカメラ(新宿東口駅前店)のあたりですね。
Chim↑Pomの展覧会のためにロンドンを訪れたとき、たまたまボーカルのジョン・ライドンに出会って、サインをもらったことがあるんです。それ以来、あのビックカメラに入ると自動的にロンドンを思い出すようになってしまって(笑)。それと同時に頭のなかに爆音で鳴り響く音楽です。
その後何度もロンドンには行っていますが、不思議なことに現地では思い出が蘇ることはない。なのに、ビックカメラではロンドンでのいろんな光景が頭に浮かぶ。ロンドン、ジョン・ライドン、そしてこのジャケット……記憶が次々結びついて、独自のメッセージを発している気がします。
2. Tamori/2(1978)|新宿アルタ
僕はテレビっ子だったので、新宿駅東口といえば『笑っていいとも!』(※)なんです。
新宿には、タモリさんの肖像を飾るべきですよね。このセレクトは僕にしかできない!と思いながら選びました。
※『森田一義アワー 笑っていいとも!』。1982年から2014年まで、フジテレビ系列で平日お昼に放送されていた帯バラエティ番組。司会はタレントのタモリさん。新宿駅東口駅前の新宿アルタ7階にあった多目的スタジオ「スタジオアルタ」で生放送を行っていた
学校が好きであまり休みたくない子どもでしたが、休んだ日に唯一良かったのは、お昼に『いいとも!』を観られること。台風で休校になった日とかね。
生放送で、オープニングではアルタ前の様子が流れるんですよね。「(実家のあった)国分寺では台風がひどいけど、新宿はまだ大丈夫そうだな」とか、家にいながら新宿の存在をリアルタイムに意識する、そんな時間でした。台風が近づいているときに新宿に行くと、脳内で『いいとも!』のテーマ曲が鳴り響くことがあるのですが、きっとこの記憶のせいですね(笑)。
番組が放送終了して何年も経って、そんな“時間軸”は日本からなくなってしまったわけですけど、アルタ前という場所は、僕がその時代に生まれ育ったことを思い出させます。
ちなみに、僕たちが「ナラッキー」でも題材にした「光は新宿より」という戦後闇市のスローガン。これが掲出されたのって、当時の駅前、つまり今のアルタ前ですね。戦後の時間軸を生きていた人は、同じ場所でこのスローガンを思い出すかもしれないですよね。
3. JESUS & MARY CHAIN/PSYCHOCAND(1985)|靖国通り〜歌舞伎町一番街
映画『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年アメリカ、ソフィア・コッポラ監督)の曲だと認識しているのが、1曲目の“Just Like Honey”。
物語の冒頭、2人の主人公は西新宿のパークハイアット東京に泊まっていたり、歌舞伎町一番街のあたりをタクシーの車窓から眺めるシーンがあったりします。
主人公2人は観光ではなく、仕事関係で否応なくアメリカから来日した、というストーリー。そんな2人の視点で見る東京は、観光客や僕らの知っている新宿や渋谷の風景とは違いますよね。知っている場所のはずなのに、知らない「異国の風景」のような。
だけど僕自身、歌舞伎町で同じような感覚になるときがあります。たとえば、制作が立て込んで「あれもしなきゃ、これもしなきゃ」って状態のとき。僕は忙殺されているけど歌舞伎町はいつも通り賑わっていて。そんなとき、不意に思い起こすのがこの曲です。そのときの心情次第で、街の見え方も変わってくるものですね。
4. 山口百恵/百恵ちゃんまつり’78(1978)|新宿コマ劇場
山口百恵さんのライブアルバムで、会場は新宿コマ劇場。このレコードはなぜかちいさな頃から実家にあって、「10代最後の百恵ちゃんまつり」といわれていたのを覚えています。
10代最後といっても、ちいさな子どもからしてみたら「お姉さん」ですよね。大人の階段を登る、そんなイメージがある作品です。内容的にも前半はミュージカル仕立てになっていて、百恵ちゃん演じる純粋無垢なシスターがひょんなことから脱獄犯と出会って、外の世界を知る……というストーリーで。
コマ劇場があった場所は、今では東宝ビルになっていますよね。いわゆる「トー横キッズ」たちも、大人になるまでの刹那的な瞬間を生きているように思います。かつて山口百恵というスーパースターもこの場所で大人の階段を登った。もちろん状況は全然違いますけど、大人への過渡期を体現している場所でもあるのかなと、ふと考えてしまうんです。
トー横キッズが楽しそうにしている姿を目撃した日などは、頭に山口百恵の曲が流れたりします。
5. Parliament/Mothership Connection(1976)|東急歌舞伎町タワー
でっちあげみたいな物語が展開されるコンセプト・アルバムです。ラジオ局が宇宙人にジャックされてしまって、「みんな俺たちのP-ファンクを聴いてくれ!」しまいには「リウマチを治したいやつはこの曲を患部にあてろ!」など……なんだか陰謀論めいてます。ひょっとしたら、本人たちは大真面目なのかもしれませんが(笑)。
このアルバムは、「P-ファンク」という思想をSF的に構築した作品なのだと僕は思っています。それは、“現代の神話”を作っている──という感覚もあって。リリース当時は奇抜な物語でも、何十年も聴かれるうちに違った意味で解釈されるものではないかと。
歌舞伎町で日々展開している物語には、通じるものがある気がします。東急歌舞伎町タワーもそう。たとえば水をモチーフにした外観は、今はただ「そういうコンセプトです」というだけのもの。ですが、訪れる人によってだんだんと新しい意味が肉付けされて、100年後には解釈が変わっているかもしれませんよね。歌舞伎町も、“100年後に神話になりうる物語”を作る場所になっていく。そう思って、JR新宿駅東口から東急歌舞伎町タワーへの道のりのゴールに、この1枚を選びました。