王城ビルを東京・歌舞伎町のアートのハブに
その名の通り、中世の洋城を模したデザイン、重厚感のある赤煉瓦の壁、独特の丸窓──カオスな歌舞伎町のなかでも、王城ビルはひときわ目を惹く存在感を放っている。1964年に竣工され、50年以上にわたって名曲喫茶、キャバレー、カラオケ、居酒屋と、さまざまな業態に移り変わってきた。
新型コロナウイルス感染拡大に伴い、2020年3月に営業を休業してしばしの沈黙があったが、この度、「歌舞伎町アートセンター構想委員会」が発足。街と人をつなぐ交歓・交流の場として、そして東京・歌舞伎町のアートのハブとして、王城ビルが新たな役割を担うこととなる。
その最初のプロジェクトとなるのが、『ナラッキー』。手がけるのは、時代のリアルを追求する6人組アーティストコレクティブ、Chim↑Pomだ。
ナラッキーが掲げるテーマは「奈落」。舞台の床下の空間を指す演劇用語だが、もともとは地獄を意味する仏教語でもあり、暗く深いその空間にはどこか陰鬱なイメージも付きまとう。
また歌舞伎町という地名は、戦後、この場所に歌舞伎座誘致の都市計画があったことに由来している。結局計画は頓挫し、地名だけが残ったというわけだ。
この街にあったかもしれない歌舞伎の舞台──これに着目し、王城ビルでおよそ30年間閉ざされてきた吹き抜け空間にChim↑Pomは「奈落」を見出したのだという。
吹き抜けは4フロア分にわたり、1993年の火災をきっかけに長らく閉鎖されていたそうだ。
「奈落が暗いだけなのは嫌だと思って。楽しい奈落があってもいい」とChim↑Pomのエリイ氏は語る。華やかな表舞台を支えるために、奈落はなくてはならない存在でもある。
歌舞伎町、ひいてはこの世界全体を舞台に見立てたという、王城ビルの「奈落」。そこから我々は何を目撃するのだろうか?
いざ、歌舞伎町の奈落へ。そこから見えるものとは
ビルの正面入口で受付を済ませると、隣接する歌舞伎町弁財天(歌舞伎町公園)でお参りをしたのち、ぐるりとまわった裏口から入場するよう案内される。
変わり続けるこの街において、その変わらぬ精神性をとどめるこの場所もまた作品の一部。弁財天は水を司る女神であり、この地がかつて水辺だったことを示す。古来より湿った場所には歓楽街が発展しやすいという一説もある。
一方で、弁財天が芸術の女神でもあることは、なんとも興味深い。
“奈落への入口”に足を踏み入れると目の前には無骨な階段。あちこちに年季の入った染みがあり、古い建物特有の枯れ草のような匂いが漂う。何十年とこの場所で積み重ねられた営みの名残を感じる。
2階へ歩みを進めると、早速本展を象徴するサイトスペシフィック・インスタレーション、≪奈落≫が。仄暗い吹き抜けに、サーチライトを乗せた「セリ」が上下する。このセリは、5階と屋上のスラブをカッティングしたもの。夜になるとサーチライトは歌舞伎町の上空をまっすぐに照らし、閉鎖されていた奈落を上下左右へと拡張していく。
空間を満たすくぐもった音声は、尾上右近氏の自主歌舞伎公演≪研の會≫にて、まさに奈落で録音された音なのだそうだ。煌びやかな舞台は、暗い奈落からは視認できない。しかし、ふたつの空間は確かに同じ世界を共有しているのだ。
同じ2階には、「歌舞伎超祭」とコラボした≪The Making of the Naraku≫も。ドラァグクイーンやポールダンス、バーレスク、車椅子ダンサーなど、歌舞伎町を体現するパフォーマーたちがそれぞれに「奈落」を解釈。彼ら、彼女らの手で奈落に息吹が与えられていく。
4階には、かつてカラオケ居酒屋として一世を風靡した王城が現代に復活したかのようなパーティールーム≪神曲──La Divina Commedia≫が。入場者はカラオケ歌い放題だ。
ビル全体を使って展開されるさまざまな作品を体感しながら順路を進むと、やがて屋上にたどり着く。
そこには、「奈落」を貫いたサーチライトが天へと手を伸ばす、美しい光景があった。
奈落と舞台。アンダーグラウンドとオーバーグラウンド。「ナラッキー」という非日常と、歌舞伎町の日常。向かい合う存在が交わり、溶け合い、拡がっていく……そんなイメージを想起させられる。
さらに屋上の東側に目をやると、サイアノタイプ(青写真)で制作された≪光は新宿より≫の看板が立っている。
「光は新宿より」それは終戦直後、戦後初の闇市「新宿マーケット」を立ち上げた関東尾津組によるスローガンだという。裏側からこの地の復興を支え、この地に集まった人々と共に街を形づくり、やがて文化を作った。その有機的な連なりを感じさせるワンシーンだ。
その他、地下1階ではドクターフィッシュの養殖を作品にした≪餌≫、1階出口付近にはミュージアムカフェ的な位置付けの≪にんげんレストラン≫といった作品なども。毎週土曜の夜にはSmappa!Groupプレゼンツのイベントも開催予定とのこと。
華やかなステージの下に潜む影の存在、「奈落」──しかし「ナラッキー」が体現したそれは、生き物のように生々しく、力強く、世界へと手を伸ばす舞台装置のようだった。ぜひあなたも足を踏み入れ、目で耳で肌で、作品が放つ生命力を浴びてほしい。拡張する奈落のイメージに、気づけばあなたも溶け合っていくだろう。
その場所に集まった人々の熱意が交わって、新たな文化が生まれていく
さて、王城ビル創業者の孫にあたり、オーナー家である方山堯氏にお話を聞くと、意外にもアートに触れ始めたのは最近のことだという。
「(歌舞伎町アートセンター構想の)きっかけは本当に偶然で、Chim↑Pomさんに出会ったことがすべてでした。でも新しい挑戦は、その時その場で集まった人たちの熱意が交わって始まるものですから。王城ビルがひとつのアイコンとなって、何かについて話し合ったり、議論したりできるような、そんなアートセンターを目指していきたい」と思いを語った。
またChim↑Pomも、街の歴史に根ざす建物を活用したアートプロジェクトについて「結局は、(建物の)持ち主の強い意志が重要ですよね」(エリイ氏)、「出会いも大事。偶然性がないとおもしろくならない」(卯城竜太氏)と話していたのが印象的だった。
かつて歌舞伎座という、大いなる文化資本の誘致計画に頓挫した一方で、街を愛する人々の出会いが独自の文化のうねりを産んできた歌舞伎町。
「歌舞伎町のアートのハブ」として新たな命題を得た王城ビルも、その遺伝子を脈々とつないでいくのだろう。今後の展開にも注目していきたい。
「ナラッキー」Chim↑Pom from Smappa!Group
会期:2023年9月2 日(土)〜10月1日(日)
会場:王城ビル
開館時間:15:00~21:00(最終入館 20:30)
※1Fレストランは22:00まで営業
※ただしイベントによって時間変更予定
休館日:火曜
料金:2,000 円(併設されるレストランは入場無料)
※学生の方は学生証提示で1,500円
※障がい者の方は手帳提示で1,500 円(付き添い1 名まで。なお、館内のバリアフリー未対応ですのでご留意ください)
※新宿区民の方は入館時証明書提示で100円引
※4歳未満無料、キッズルーム完備
URL:OFFICIAL SITE
Chim↑Pom from Smappa!Group
卯城竜太・林靖高・エリイ・岡田将孝・稲岡求・水野俊紀により、2005年に東京で結成されたアーティストコレクティブ。時代のリアルを追究し、現代社会に全力で介入したクリティカルな作品を次々と発表。世界中の展覧会に参加するだけでなく、独自でもさまざまなプロジェクトを展開する。
2022年4月、「Chim↑Pom」から「Chim↑Pom from Smappa!Group」へ改名。
URL:OFFICIAL SITE
文:徳永留依子