東急歌舞伎町タワーの館内には、いたるところに歌舞伎町や新宿の歴史や多様性を表現するモチーフがちりばめられている。JAM17 DINING&BARも、そのひとつ。ダイニングへ続く壁一面にはアナログレコードがディスプレイされているが、これらをセレクトしたのは、新宿に所縁のある6組。
彼らは新宿にどんな想いを抱き、レコードを選んだのか。そして彼らが新宿に感じる“GROOVE”とは? 第6回に登場するのは、ディスクユニオン。世界でも指折りの“レコード天国”である東京において、最大級の店舗数を誇るレコードショップだ。新宿には、ジャンル別に11の店舗が集まる。
セレクトを担当したのは、新宿ソウル・ダンスミュージックショップ 店長(当時)の石井正人さん。「僕の好きな音楽に、グルーヴは欠かせないもの」と語る石井さんに、詳しくお話を聞いた。
[連載:『あなたが思う“GROOVE”』‐6組のアーティストたちが選盤したレコードを紹介]
新宿・歌舞伎町に2023年5月に誕生したHOTEL GROOVE SHINJUKU, A PARKROYAL Hotel。お客さまの滞在が、各エンターテインメント施設や新宿のまちと呼応した“高揚感”に包まれるよう魅力ある音楽を意味する“GROOVE”がホテル名の由来。開業にあたり、新宿や歌舞伎町にゆかりのある6組のアーティストを選者に招き、「JAM17 DINING & BAR」にてレコードを展示。選者それぞれにとっての『あなたが思う“GROOVE”』を探っていく。
石井正人
1982年、山梨県生まれ。大学進学を機に2000年に上京、2009年ディスクユニオン入社。2016年から新宿ソウル・ダンスミュージックショップ 店長、2024年から渋谷ジャズ/レアグルーヴ館 チーフを歴任。ソウルをはじめジャズ、ファンク、ラップといったブラックミュージックをこよなく愛している。
現役レコードショップ店員の音楽愛があふれる!
ディスクユニオン・石井正人さんが選んだ5枚のレコード
─ 「JAM17 DINING & BAR」のために選ばれた5枚のレコードについて聞いていきたいと思います。セレクトにあたって、どのような方向性で決めていきましたか?
職業柄、お客さまにおすすめを聞かれることは多いのですが、今回いただいたテーマは、“GROOVE”。「おもしろいな!」と思いました。グルーヴって、はっきりと定義のある言葉ではない。“感じるもの”というか。だからこそ、幅広く選べそうだ、と。
基本的には僕の大好きなソウルミュージックやヒップホップを厳選していますが、せっかくなのでディスクユニオン各店の在庫のなかから、年代ごとに区切って選んでみました。
<ディスクユニオン・石井正人さんがセレクトした5枚がこちら>
1. Sam Cooke/Live at the Harlem Square Club, 1963(1985)
お客さまに「ソウルでおすすめはありますか?」と聞かれたら、必ず推薦する一枚です。サム・クックは黒人シンガーですが、人種差別が激しかった1960年代、白人主体のアメリカ社会においてもスター歌手だった人。テレビ出演も多かったり、白人だけの会場で行われたショータイムの録音も残っていたりと、あの時代ではおそらく特殊な存在だったのではないでしょうか。
この作品は、そんな彼が黒人オンリーのライブハウスで行った公演を収録しています。1963年に録音されたライブ盤なのですが、実は、1985年に「発掘」されて世に出ているレコードなんです。
というのも、聴いてもらえばわかるのですが、とにかくすごいんですよ! 彼のスマートなイメージを覆す、ちょっと荒っぽい言葉や、黒人歌手ならではの情熱的なシャウト。諸説あるのですが、あまりにもこれまでの彼の姿と違うということで、レーベルがお蔵入りにさせたのではないかと言われています。
そんなエピソードも含めて、とてつもないグルーヴを感じる一枚。黒人音楽であるソウルミュージックの魅力がたっぷりと詰まっている作品です。
2. MARVIN GAYE/I WANT YOU(1976)
“GROOVE”というテーマにぴったりの、躍動感のあるジャケットです。この絵は画家・アーニー・バーンズの《Sugar Shack》という作品。マーヴィン・ゲイ本人が気に入り、ジャケットに採用したと言われています。
人々がダンスに興じる様子はなかなかにファンキー。さぞ熱気のある内容なのだろう、と思って聴くと、楽曲は意外にもメロウでソフト。いくぶんセクシャルな歌詞も多くて、そのギャップにも惹かれます。マーヴィンの作品のなかでも人気上昇中のアルバムで、中古盤の値段もここ何年かですごく上がっています。それだけ多くの人から支持される、多面的な良さがあるのでしょうね。
さらに、ジャケット裏のクレジットを見ると、錚々たるミュージシャンたちが参加していることがわかるんです! このときすでに超一流だった人もいれば、のちに大活躍するような方もいたり。クレジットを見てワクワクしてしまうのは、音楽オタクあるあるですね(笑)。
3. CHANGE/Miracles(1981)
1980年代になるとディスコやダンスの文化が取り入れられ、ソウルミュージックは大きな転換期を迎えます。2枚目に紹介したマーヴィン・ゲイから数年しか経っていないものの、聴くとまったく違う手触りで驚きます。生楽器主体の時代を経てシンセサイザーが台頭、機材そのものが大きく変化しているのがわかります。
ジャケットもこれまでと打って変わって、幾何学的でスタイリッシュなデザインに。さらにプロデューサーはイタリア人。音楽制作もワールドワイドになっていくんですね。ソウルが後のハウスミュージックやヒップホップ、R&Bなどに派生していく「前夜」の作品で、この後再びやってくる転換期に、大きな影響を与えている一枚ではないでしょうか。
彼らの音はニューヨーク・サウンドと呼ばれていて、都会的でモダン。最近流行っている「シティポップ」のようなキラキラした音楽が、新宿の夜景にもすごく似合いますよね。
4. Black Moon/Enta da Stage(1993)
「やっぱり、グルーヴといったらラップも選ばないと!」と、90年代の作品はお店のヒップホップコーナーからセレクトしました。選んだのは、僕自身の思い入れも強いブラック・ムーンです。
僕は1982年生まれなのですが、10代のころはヒップホップがビルボードチャートにずらりとランクインしていた時代でした。ソウルミュージックを好きになったのも、ヒップホップがきっかけなんです。ヒップホップの手法に「サンプリング」がありますが、90年代のラップグループは、60年代・70年代のソウルやファンク、ジャズからのサンプリングが多いんですよ。僕らの世代は、ヒップホップを経由してソウルミュージックに興味を持った人は多いと思います。
サンプリングのループによって、ヒップホップはそれまでの時代とまったく違うグルーヴを生み出しました。中でも、ブラック・ムーンのプロデューサーであるダ・ビートマイナーズは、やりすぎなくらい思い切りベースを強調したビートを延々繰り返すんです。シンプルで無機質、それでいて力強いトラックにラップが乗っかり、だんだんとグルーヴが出来上がっていくさまがたまりません。
5. FREE NATIONALS/FREE NATIONALS(2019)
2010年代以降のアーティストの新作というところで、5枚目に選んでみました。フリー・ナショナルズはアメリカの有名アーティスト、アンダーソン・パークのバックバンドでもあり、西海岸の凄腕ミュージシャンの集まりなんです。
インターネットが普及し始めた2000年代以前・以後で音楽って変わってくると思うのですが、彼らはまさにその“ハイブリッド型”。これまでの音楽の歩みを、すべて取り入れているような印象があって。今って、聴きたい音楽が瞬時に手に入る時代ですよね。先人の技術を吸収する方法がいくらでもあるからこそ、彼らのような音楽偏差値の高い次世代が登場するのかもしれません。
そのうえで、演奏はとてもソウルフル。楽曲からはヒップホップのビートも感じますし、オールドスタイルのソウルへのリスペクトもしっかりと伝わってきます。なんというか、ブラックミュージックが「新時代」に突入している感覚です。
非常に高いスキルを持っていて、既存の音楽への愛も深くて。そんな人たちが「自分たちがいい音楽を作ろう」と思うと、こういう作品が生み出されるのかなって。フリー・ナショナルズに限らず、ここ10年ほどは本当に素晴らしい新作が次々リリースされています。なので新譜を聴くのが、とても楽しみで。昔の作品も大好きですし、今の時代もハマれる作品がたくさんあるんですよ!