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【NEXT UP! #22】荒木一仁──音楽で誰かの未来を変えたい。父の一言から始まった歌人生

歌舞伎町

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NEXTUP
DATE : 2026.07.22
劇場、ライブホール、屋外ステージ、路上ライブスペース、ナイトクラブ──さまざまな“表現の場”が、東急歌舞伎町タワーにはある。ダンサー、シンガー、アイドル、DJ…。そこで日々パフォーマンスを行うクリエイターたちの顔ぶれもまた、幅広い。

あらゆる価値観が交差する歌舞伎町に集う次世代の才能たちの、過去・現在・未来に迫るインタビューシリーズ「NEXT UP!」。

第22回は、シンガーソングライター・荒木一仁が登場。高校中退という人生の転機を経て、父の一言をきっかけに音楽の世界へ。コロナ禍の路上ライブで歌を磨き、ストレートな言葉と切なさを帯びた歌声で少しずつ支持を広げてきた。等身大のラブソングが生まれる理由、武道館を目指す現在地、そして歌舞伎町という街に託す思いを聞いた。

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<NEXT UP!的 推しポイント>

  1. 父の言葉と挫折を胸に、音楽の道へ
  2. コロナ禍の路上ライブが育てた”伝わる歌”

  3. 飾らない言葉で届ける、令和のJ-POPバラード

荒木一仁(あらき・かずと)

1997年4月11日生まれ、京都出身のシンガーソングライター。20歳から音楽活動を開始し、SONY MUSIC主催のオーディション番組「ONE in a Billion」では7位、 Xの前澤優作の音楽企画で選出され100万円を獲得。 オリジナル曲「4月のラブソング」はSpotifyバイラルチャート22位、LINEミュージックリアルタイムトップ74位にチャートイン。在学中にはソニーミュージック主催オーディションに参加して以降、ソングライティングを開始。コロナ禍では関西で路上ライブを重ねながら支持を広げ、現在は東京を拠点に活動。実体験をもとにしたストレートな歌詞と、ハスキーな歌声で歌い上げるバラードを武器に、武道館での単独公演を目標に掲げている。

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―Beginning― 
高校中退も、父の言葉で音楽の道へ

― 子供の頃はどのような子供でしたか?

3人兄弟の長男で、下に弟と妹がいます。今の仕事からは意外って言われるんですけど、幼稚園の頃は人前に出るのが好きじゃないシャイな子供でした。家でゲームをして遊ぶのが好きなタイプで、それは今も変わらないですね。

― 学生時代に熱中していたことはありますか?

中学校まではサッカーをやっていました。小学校の頃は空手も並行してずっと続けていて。サッカーは小3から中3まで続けましたが、プロを目指すようなビジョンが見えなくなったこともあって、そこで区切りをつけたんです。

― そんなスポーツ少年だった荒木さんが音楽に興味を持ち始めたのはいつ頃だったんですか?

小学校の頃から歌うこと自体は好きだったんですよ。家族でカラオケに行く機会も多くて、GReeeeNの「キセキ」やKAT-TUNなどをよく歌っていましたね。ただ、当時はまだ音楽を仕事にしようっていう意識は全くなくて、ただ歌うのが好きっていう感じで。

― そこから本格的に音楽活動を始めたきっかけは?

高校を中退することになったタイミングが転機でした。勉強が本当に苦手でついていけなくなって、すぐ留年しちゃったんですよ。サッカーもやめて熱中するものもなかったので、このまま何か仕事をしたほうがいいのかなと思ったりもしたのですが、そのタイミングで親父が「音楽をやってみたら」と言ってくれたんです。自分としてはピンときてなかったんですけど、どうも、親父は僕の歌声が好きだったようで。

― 挫折を経験した荒木さんの背中をお父様が押してくれたわけですね。

そうですね、最初は音楽で飯を食うっていうのも全然実感がなかったんですけど、親父の言葉をきっかけにチャレンジしてみようと思えました。「音楽をやるなら高校の卒業資格もしっかり取らなあかんで」とも親父に言われて、そこから大阪のESPエンタテインメントという専門学校に通うことになりました。

― 専門学校での生活はどうでしたか? ボーカルを専攻していたんですよね。

そうです。歌の技術を学ぶコースでした。自分の好きなことだったので勉強も苦ではなくて、これならみんなに勝てるかもしれない、って。最初は音楽に集中したくて友達も作らずストイックに過ごしてましたけど、1年の終わり頃からは仲間もできて、今でも彼らとは繋がっています。そのうちの2人とはその後一緒にグループで活動していました。

― 専門学校時代に印象に残った授業はありましたか?

バンドアンサンブルの授業でドラムやギターとセッションしたことですね。オケをバックに歌うのとは全然違っていて、普通に歌うと声が埋もれちゃう。生楽器の音や圧に負けない発声を学ぶ良い経験になりました。そこから自分の声についても興味が出てきました。

― 専門学校在籍中の2020年には、ソニーミュージックのオーディション「ONE in a Billion」に参加されています。最終的にオーディションでは、セミファイナルに仮通過という形で進みました。ほかの候補者と一緒にオーディションを受けてみて、学んだことや感じたことはありましたか?

周りとの力の差は感じつつも、自分の伸び代も感じられるいい経験でした。あとこのときのセミファイナリストの中で、オリジナル曲を持ってなかったのが僕だけだったんですよ。周りはみんな何曲も自作曲を持っていて。それまでは自分の曲なんか作らなくてもいいのかなとも思っていたんですけど、そのオーディションが終わってから、すぐに曲作りを始めました。音楽をやるなら自分の言葉で伝えていく必要があるな、とこのときにすごく実感しました。

―Essence― 
自身の言葉で、まっすぐに届けるバラードが武器

― ただ、世の中がコロナ禍になったのは、専門学校の卒業間近のタイミングですよね。

専門学校を卒業してすぐに上京しようとしていたんですけど、コロナで先延ばしにするしかなくなって。いよいよこれからという時期に、できる活動が一気になくなって、それは結構食らいましたね。

でも、それをきっかけにマスクをしながら路上ライブを始めたんです。当時はライブハウスも休業していたので、そうやって路上で歌うことで少しずつファンをつけられたと思っていました。専門学校の仲間とも一緒に活動していたから、きつい時期を乗り越えられたのかもしれないですね。

― 路上ライブの楽しさはどんなところにありますか?

自分のことを知らない人が、歌を聴いて人がどんどん集まってきてくれる瞬間はやっぱり最高に嬉しいです。逆に人が集まらないときは、それはそれで「絶対足を止めてさせてやるぞ」って、燃えるモードに入りますね。

― 上京前後からオリジナルの楽曲を作り始めたということですが、荒木さんが影響を受けたアーティストは?

圧倒的に影響を受けたのはONE OK ROCKさんなんですけど、自分が実際に作る楽曲のエッセンスとしては、平成のJ-POPが根っこにあると思っています。いきものがかりさんや秦基博さん、back numberさんなど、家族で出かける車の中でずっと流れていた音楽が原体験になってますね。

― 荒木さんの書く楽曲は、それこそ秦基博さんが得意とするようなバラードが多い印象があります。ご自身の少しハスキーなハイトーンボイスがが映えて、グッと切なく聴こえるような。

J-POPらしい、しっとりしたバラードが好きなんですよ。初めて試しに作ったオリジナル曲が話題になったこともあって、メロディをつけること自体にはあまり難しさは感じなかったんです。普段は、先に歌詞を書き上げてからメロディをつけてます。意識しているのは、比喩表現を多用するよりは、思ったことをまっすぐ、ストレートに伝える歌詞を書くこと。僕の歌詞は実体験が多くて、言葉にする難しさをいつも感じつつ、少しずつ表現できることを磨いてきたという感じです。

― シンガーソングライターとしての自身の強みはどこにあると考えていますか?

自分が作るラブソングは評判が良いという実感はあります。「自分もこういう体験をしたことがある」と感じられるようなリアリティのある歌詞が良いのかもしれませんね。あとは、声質でしょうか。歌い上げるというよりは、ウィスパーボイス気味で語りかけるように歌うところが、自分の声の特徴かなと。これからは、新しい発声にもチャレンジしたいのでボイトレも受けてみたいと思っているところです。

―Future― 
達成感はまだない。義理人情を大切に、武道館に立てたら

― 活動を始めてから、一番嬉しかったことは何ですか?

実は、まだ無いんです。小さな喜びはたくさんありますけど、大きな達成感はこれから掴み取りたい。何らかのチャートで1位を取れたら嬉しいです。あとは、Zeppでソロライブができるようになることが今の目標ですね。とにかくまずは広くたくさんの人に自分の歌を聞いてもらいたいです。

― さらにその先の未来で、目指しているステージはありますか?

音楽を始めた当初は4大ドームを目標、と思っていましたけど、活動を続ける中でその険しさも実感して。今は、日本武道館に立つことをリアルに見据えたゴールとして掲げています。武道館に立ったとき、またその先のドームという景色が見えてくるんだろうなと。

― これからアーティストとして、新しくチャレンジしたいことはありますか?

これまではバラード曲を支持してもらうことが多かったんですけど、今後はアップテンポなバンドサウンドの曲でもしっかり結果を出していきたいですし、自分の強みにしていきたいですね。

― いち個人として「将来、こんな大人になりたい」という理想はありますか?

近くにいてくれる人を大事にできる人間になりたいと思ってます。義理人情を大切にできる大人っていうか。お世話になった人にはそれを倍で返したいですし、裏切るようなことは絶対したくない。自分が受け取ったものをちゃんと返せる人間になりたいです。

― 最後に、この「Kabukicho Music Live」の舞台にも立たれている荒木さんなりの歌舞伎町への思いも聞かせてください。

いろいろな背景を持った人が集まる場所だと思うのですが、音楽の力で、今ここにいる人たちのことも変えられるんじゃないかなと。僕の音楽が誰かを変えるきっかけになればいいなと本気で思っています。

文:井草七海

写真:morookamanabu

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