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「かつての“非日常の塊”に体温が宿った」詩人・文月悠光が浮かび上がらせる、歌舞伎町の記憶の地図

歌舞伎町

インタビュー
文学
DATE : 2020.02.21
2010年に、第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社)で中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少18歳で受賞した詩人の文月悠光(ふづき ゆみ)。その後も、詩集とエッセイ集を2冊ずつ刊行するなど、詩人界の新鋭として活躍してきた。

そんな彼女が地元の北海道から上京してきて、はや10年。これまでに新宿ゴールデン街やストリップ劇場など、公私ともに歌舞伎町に行く機会も多いという。彼女がこの町に堆積させた10年間の記憶のほんの一部を、ここに立ち上がらせたい。

詩×ゴールデン街 酒場が解きほぐしたやわらかな空気

詩人・文月悠光と歌舞伎町との交点はいくつもある。その1つが、歌舞伎町の象徴的な場所であるゴールデン街だ。上京して数年後、とある打ち合わせで「ゴールデン街に行ったことがない」と言ったことがきっかけで、居合わせた編集者数名と、知人が店番していたお店「新子(現・西瓜糖)」に行くことになったのがはじまりだった。

初めてゴールデン街を訪れたときの感想を、文月はこう語る。

「人と人との距離が近いなと感じました。お酒を飲む場所なのに、人のお家にお邪魔しているような感覚で、狭い階段を登った先にカウンターがある光景に驚きました。小さな場所で肩を寄せ合っておしゃべりできる雰囲気は、他の居酒屋などでは味わえないですよね。お店のカウンター側にいる人に気を遣わなくてもいい、肩肘はらずに楽しめる印象も初めて訪れたときから感じてました」

その後、新たなかたちで詩を表現していく企画「詩×(シカケル)」主催の「詩×ゴールデン街」を通じて、彼女のゴールデン街に対する思い入れはより深まることになる。同企画は、ゴールデン街を舞台に詩にまつわる多彩なパフォーマンスがさまざまな店舗で行われる、いわばフェスのようなイベント。病院をコンセプトにしたお店で怖い詩を朗読したり、お客さんに自作詩を朗読してもらうオープンマイク形式を採用したり、一篇の詩をお客さんに回しながら朗読してもらったりと、他に類を見ない試みは、これまでに朗読会を何度も経験した彼女にとっても、新鮮に映ったようだ。

「一般的な詩の朗読会はクラシカルな場所やホールを借りて、みんな背筋を伸ばして静かに聞いているイメージなんですけど、そのときは朗読の合間に『ビールおかわり!』という声が飛び交ったり、お客さんに一杯ご馳走になったり(笑)。ほろ酔いで詩人の声を楽しめるゆるい空気感が、ゴールデン街ならではの光景でした。同時多発的に複数の店でパフォーマンスを開催したことで、詩だけでなく、お店をハシゴする楽しみも味わってもらえたのも良かったです。この企画で初めてゴールデン街を訪れたという学生の方もいて嬉しかったな」

「詩×ゴールデン街」の会場のひとつ、「月に吠える」にて

最初は「距離を感じていた」ゴールデン街も、このイベントを機に身近なものになったという。その後も、自身初のエッセイである『洗礼ダイアリー』の挿絵を担当したイラストレーター・カシワイさんと一緒に「月に吠える」を訪れたほか、レモンサワーが名物の「the OPEN BOOK」、ダンスカンパニー「コンドルズ」のメンバーである橋爪利博さんがカウンターに立つ「DUME bar」など、いろいろなお店を訪れた。そうして何度も通ううちに、これまでのゴールデン街のイメージとは違う顔が見えてきたという。

「『ひしょう』というお店は特に強烈でした。70、80年代のゴールデン街にゆかりのある文化人の顔写真が壁一面に貼られていて。店主の女性に理由を聞くと、写真家として日大全共闘の活動を追っていたときのことを聞かせてくれました。そのように店主の政治思想やセンスが強く出ているお店の存在も、お客さんに広く受け入れられている。多様性の街なのだと気づかされました。たまたま訪ねたお店で、その街の生き字引のような存在に出会えるのも大きな魅力ですね」

非日常の塊だった「ストリップ劇場」が、体温を持ち始めた

文月悠光の歌舞伎町にまつわる記憶の地図は、意外な場所にも刻まれている。それは、ゴールデン街の近く、市役所通り側に抜ける道に位置する、とあるストリップ劇場だ。

ストリップ劇場に行くことになったのは、文月の興味関心からだった。身近に若い女性の熱狂的なストリップファンがいたことから興味を持ち始めたのだ。

いざ入店し、場違いではないかとそわそわしながら目の当たりにした光景に、文月は衝撃を受ける。それは、踊り子の美しさだけではない。観客たちの様子が彼女の想定からはかけ離れていたためだ。

美しい踊り子に見入っていると、盆の周りに椅子を並べて腰かけている男性たちの存在に気づいた。彼らはピンと背筋を伸ばし、腕組みして、盆の上の踊り子を凝視している。会社員らしき若い男性も、頭の薄くなったおじさんも、白髪のおじいさんも、女性を見上げ、熱い視線を注いでいる。なんだこの光景は。

彼らのシュールなたたずまいに唖然とするうちに、踊り子はまとっていた薄い布を一枚一枚ほどいていく。指先まで神経の行き届いた所作に心震える。幻想的な明かりに照らされて、白い肌がなめらかに浮かび上がった。

文月悠光『臆病な詩人、街へ出る。』ストリップ劇場で見上げた裸の「お姉さん」より

パフォーマンスや会場の雰囲気に圧倒し尽くされた文月を待つ間もなく、踊り子は舞台袖に戻り、今度は私服姿になって淡々とポラロイドチェキ撮影会の準備を始める。何人かの踊り子のショーを見送った後、意を決して撮影会の列に並んだ文月を、踊り子はやさしくリードした。

素晴らしいダンスショーに感じ入った私は、意を決して立ち上がり、撮影希望者の列に並んだ。全裸のお姉さんから、ポラロイドカメラを渡され、「ここから覗いて、この銀色のボタンを押してね」と優しく教えてもらう。

「どんな風に撮る?」

「えっと……じゃあ座りで、眼鏡をかけてもらってもいいですか……」

おずおずとポーズのお願いをして、ファインダーを覗いた瞬間、神経のようなものが切れる音がした。四角い枠におさまる裸の美女。真っ白な乳房、胸の谷間に浮かぶホクロ、くびれた腰、こちらに向けられたまっすぐな微笑み。異次元すぎる。私は今、幻想を見ているのだろうか。くらくらしながら、息を止めるようにシャッターを切った。

文月悠光『臆病な詩人、街へ出る。』ストリップ劇場で見上げた裸の「お姉さん」より

観劇後の感想について、文月は息を弾ませるようにこう語った。

「お姉さんたちを見ていると元気が出るんですよね。たったひとりの女性が舞台に立ってパフォーマンスしているだけで、こんなに人を圧倒させられるんだって……今度よかったら一緒に行きましょう!」

上京したてだった頃は、歌舞伎町という街もストリップ劇場も「非日常の塊」だったという文月。それが今、彼女の目にはこんな風に映っている。

今までは「よく知らない世界だから」と何気なく通り過ぎていた。けれど写真の瞳の奥には、彼女たちの生き方が宿っている。「与える」ことの誇りに満ちた踊り子たちの姿が重なって見えた。

「アララの呪文」を口ずさみ、くすりと笑う。ストリップ劇場に足を運んだことで、私の目の中の街は、体温を持ちはじめた。

文月悠光『臆病な詩人、街へ出る。』ストリップ劇場で見上げた裸の「お姉さん」より

上京から10年、歩くだけで蘇る記憶の地図

「上京前、私の中では歌舞伎町のイメージって、椎名林檎の楽曲『歌舞伎町の女王』とか、テレビで見る『ホストクラブ密着』みたいな番組の印象しかなかったんですよ」

時を遡って2010年。上京したての文月にとって、歌舞伎町は得体の知れぬ物騒な街だった。スマホも持っていなかった頃、印刷した地図を持って、途中で人に道を聞きながら恐る恐る歩いたという話を聞くだけで、当時の心細さが伝わってくる。

しかし、それから10年経った現在は彼女自身も、歌舞伎町も、変わった。

「10年前と現在では街の空気も変わりましたよね。外国人の観光客が増えたっていうこともあるし、街全体が綺麗になった。でも、非日常感は失われていなくて。ベタなおのぼりさんですけど、『ロボットレストラン』のある通りを歩くとテンションが上がるし、ゴールデン街以外にも、『上海小吃(シャンハイハオツー)』みたいなラフな空気感のお店も多く、お客さん同士の交流が始まりやすい雰囲気もあるし」

東京に慣れたなと最も実感したのは、「歌舞伎町を歩いていて緊張しなくなった」ときだと語る文月。もう見慣れた景色となった街のあちこちに、思い出が堆積しているからかもしれない。

「通りがかったお店で、『昔、あの人とここで飲んだな』とか『こういう取材受けたな』とか、新宿は街に思い出が染み込んでいる感覚があって。別の用事で歩いていても、5~6年前の記憶がふっと蘇ってくることが多いんです。街を歩きながら、同時に記憶の地図を辿っているような感じかな」

文月悠光

1991年北海道生まれ、東京在住。中学時代から雑誌に詩を投稿し始め、16歳で現代詩手帖賞を受賞。高校3年時に発表した第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社)で、
中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少18歳で受賞。詩集に『屋根よりも深々と』(思潮社)、『わたしたちの猫』(ナナロク社)。近年は、エッセイ集『洗礼ダイアリー』(ポプラ社)、『臆病な詩人、街へ出る。』(立東舎)が若い世代を中心に話題に。NHK全国学校音楽コンクール課題曲の作詞、詩の朗読、詩作講座を開くなど広く活動中。
http://fuzukiyumi.com

text:佐々木ののか
photo:金本 凜太朗

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