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【Story】Vol.10 「宝探しの街」パリッコ

歌舞伎町

コラム 食べる
居酒屋
DATE : 2020.07.31
毎日多くの人が行き交う街、歌舞伎町。
あなたはこの街に、どんな思いを抱いていますか?

毎月更新のこのコラムでは、歌舞伎町になじみのある人物に街への愛を語ってもらいます。

第10回目は、酒場ライターとして数々の名酒場を渡り歩き、幅広く活躍するパリッコさん。

味わい深い大衆酒場をこよなく愛するパリッコさんが見つけた、歌舞伎町の“幸せ酒場”とは?

「愚痴酒」に浸っていたあの頃

 決して積極的に勉強などしないで、今と変わらず毎日へらへらと酒を飲んで過ごしていた大学時代。授業をサボりまくっていたものだから、卒業が近づいても、とても単位が足りるとは思えなくて、「卒業」という言葉自体をどこか人ごとのように感じていました。だから、なぜか焦りもせず、ひたすらぼーっとしていた。今思えば、マジで何を考えていたんでしょうか? あの頃の僕。

 ところが、周りの友達の焦りにつられ、ひとまず「出しといたほうがいいよ」と教えてもらったレポートを提出したりしていたら、なんとびっくり。卒業をさせてもらえるという。となると今度は、就職活動とやらをしなければいけない。慌てて情報誌を買い、4月もさしせまった時期にまだ新卒募集をしてくれていた会社のなかから1社を選び、面接に行ったらその場で社長に「4月から来れば?」と言われ、あれよあれよと勤めることに決まったのが、東新宿にある某広告代理店でした。広告業界というと聞こえはいいけれど、いわゆるちょっといかがわしい業界専門の代理店で、取りあつかう媒体もほぼそういった専門誌オンリー。顧客はもちろん、地下鉄「東新宿駅」の裏手に広がる歌舞伎町に、た〜くさんいらっしゃいました。

 僕は制作部のデザイナーとして入社したのですが、会社の花形である営業部の人々も、お客様がたも、基本的に無茶しか言ってこない。結果、毎日毎日残業残業。夜10時過ぎくらいに体力の限界がやってくると、同じ制作部のメンバーが誰からともなく「そろそろ行く?」と言いだし、向かうのは決まって同じ店。職安通り沿いのドン・キホーテの横にあった屋台風の中華居酒屋。そこで「海老の長春巻」をつまみに、店でいちばん安かった「マグナムドライ」って発泡酒の缶を積みあげながら、会社や営業部に対する愚痴を肴に飲んだ日々。ふりかえればとことん無益だったけど、今も僕の心に、強烈に刻まれています。その頃毎日のように見ていた道路の向こうの歌舞伎町の風景は、僕の人生の走馬灯において、ひときわギラギラと輝くことでしょうね。

見えていなかった店を探しに

 その会社は約3年で辞め、同時に歌舞伎町も、用事のあるときにしか訪れない街になりました。それからはずっと、無理をして辛い仕事をすることだけは避け、のらりくらりと生きてきました。ところで僕は、その味を知ってから東新宿の会社を辞める頃まで、酒は「酔えれば楽しい」と信じて疑っていなかった。ところが、愚痴酒の必要がなくなった頃から徐々に、個人経営の古い大衆酒場の味わいに惹かれはじめるようになった。つまりそれが今の仕事につながっているわけですが、当初、視野の狭まっていた僕は、そういったタイプのお店は歌舞伎町にあるわけないと思いこんでいたんですね。

 ところが、酒場というのは本当に奧深く、おもしろい世界です。あちこちの店を訪れれば訪れるほど、どんどん偏見が薄れてゆく。どんなお店にも、ならではの魅力が必ずある。そしてまた、どんな街にも、自分にとって魅力的なお店は必ずある。そんな風に思うようになった。あくまで僕の場合です。ふと、「そういえば歌舞伎町あたりにも、働いていた頃には見えていなかった味わい深いお店があるんじゃないか?」と思った。そして数年ぶりに訪れるようになった歌舞伎町。そこにはちゃんと、素晴らしい酒場たちが存在していたというわけです。

やっぱりあった、幸せ酒場

 JR新宿駅のほうから歩いていって、「さくら通り」に入ってすぐの左手。きらびやかな街のなかでむしろ息をひそめているかのような1本の階段を降りてゆくと、その地下には、驚くほど活気あふれる昭和的大衆酒場の世界が広がっています。そこは「番番」という焼鳥屋さん。席は、厨房をぐるりとCの字に囲む長い長いカウンターのみ。ぎっしりと並ぶ、「幸せとは何か?」の答えを知っていそうな人々が、一様に顔をゆるめて飲んでいる。その風景に埋没して飲む喜びたるや! ちなみに僕が初めて入った当時で、焼鳥が1本100円からで、チューハイは250円だったはず。あの立地でどうかしています。

 西武新宿駅からほど近い小さな酒場「萬太郎」にも感動したなぁ。まるで東北地方のどこかの港町にある、地元の漁師たちが集う店のような佇まい。そのなかで静かに、渋く渋く年齢を重ねた先輩がたが飲んでいる。若輩者ゆえにちょっと緊張しつつ席に着き、煮込みとビールを注文。この煮込みがすごいんですよね。丁寧な下処理ゆえであろうどこまでも透き通ったスープに、旨味がたっぷり。もつがふわふわのとろとろ。途中でお皿のフチに添えられた甘辛い味噌を溶かすと、一気に表情が変わって二度楽しめる。何気なく頼むと面食らってしまうほど、ものすご〜く丁寧な一品料理で、一部の酒飲みからは「新宿でいちばんうまい煮込み」なんて言われているそうですよ。

 極めつきは「川太郎」かな。花園神社の参道の横にぽつんとある、言葉は悪いけれども、何かの倉庫か掘っ建て小屋のような建物。看板がなければとても飲食店には見えません。が、勇気を出して入ってみれば、そこはもはや異世界。客が6〜7人も入ればいっぱいになってしまいそうな店内を女手ひとつで仕切るのは、この道50年にもなる美子ママ。その空間に身をゆだね、ママと常連さんの何気ない会話を聞きながら飲ませてもらえるだけでありがた〜いお店です。

 近くで働いていた頃は視界にすらも入っていなかったけど、興味を持って街を歩けば、ご褒美のように素晴らしい酒場と出会える。きっとまだまだ、未知の良い酒場だってあるはず。僕にとって歌舞伎町は、「宝探しの街」なのかもしれません。

パリッコ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半よりお酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』『ほろ酔い!物産館ツアーズ』『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『酒の穴』『のみタイム』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』『“よむ”お酒』など。
2020年8月5日、スタンド・ブックスよりスズキナオとの共著『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』が発売予定。
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text:パリッコ
illustration:マメイケダ
photo:タケシタトモヒロ

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