歌舞伎町のライブハウスでも数え切れないほどライブをやってきた吉田に、歌舞伎町での思い出、本のこと、バンドのこと、そしてこれからのことを大いに語ってもらった。
行った思い出よりも、行かなかった後悔
— 著書や連載で「歌舞伎町でキャッチにナメられた話」や「バーでぼったくられた話」を書かれてますが、歌舞伎町には怖いイメージがありますか?
上京したときはビビってましたけど、今はそんなことないです。歌舞伎町のライブハウスに行くことも多いんで。高田馬場に住み始めてからは西武新宿線を使えば近いし、楽でいいなと。
— 今となっては身構えることなく来られる場所になったんですね。
そのつもりなんですけど、歌舞伎町はいまだに僕を“おのぼりさん”扱いしてくるというか……。
— 街にはまだ認められていない気がすると(笑)。
昔うどん屋でセルフの注文方法を一から説明されて、「香川県出身なんだから知ってるよ」と思ってすげぇムカついて。でも、僕から「慣れてない感」が出てるんでしょうね。歌舞伎町に関してもそうなんだろうなと。まあ、歌舞伎町に好かれたいとも思ってないですけど。
— 歌舞伎町にあるLOFTやmotionといったライブハウスでは、相当な回数のライブをやっていますよね。
合わせたら100回は超えてるんじゃないですか。
— トリプルファイヤーの初めての自主企画も、歌舞伎町にあったURGAというライブハウスでした。
大学のサークルの友人以外にお客さんが一人しか来なかった(笑)。来場特典で僕の顔をプリントしたお煎餅を配ったんですけど、終演後にめちゃくちゃ捨てられてて、床に散らばって割れてる自分の顔を眺めるっていう(笑)。
— つらすぎる(笑)。出演したり観たりしたライブで、印象に残っているものはありますか?
ギターの鳥居くんが加入する前に、「普段はこういうところでライブやってるんだよ」とmotionのライブを一緒に観に行ったのを覚えてますね。ほかには、「山下達郎さんがライブをやるから吉田くんも来る?」ってLOFTの人に誘ってもらったのに断ってしまって、「なんで行かなかったんだ」と後で思ったこととか。行った思い出よりも、行かなかった後悔の方が記憶に残ってます。
あとは、motionで自主企画をやって、そのときはお客さんもけっこう入ってライブの出来もよかったんです。それでテンション上がって、打ち上げのあとにずっと気になってた歌舞伎町のメンズエステに行ったら、思ったよりもライトなサービスで、不完全燃焼で家に帰りました。
需要があれば永遠に書ける
— 歌舞伎町からは少し離れますが、新宿御苑前のスナックでバイトしてたことがありますよね。
基本優しいお客さんが多かったですけど、ゴールデン街の店員とかが飲みに来たら、なんか「楽しませてくれんの?」みたいなノリがあって。試されてる感じがして、すげーいやでした。
— 新刊の『今日は寝るのが一番よかった』は、こういった「バイトが嫌すぎる」のような話が全編に渡って書かれています。
自分でも「どんな本だよ」と思いますね(笑)。
— 1冊目の『持ってこなかった男』(双葉社)は半自伝、続く『ここに来るまで忘れてた。』(交通新聞社)は街についてのエピソード集でしたが、今回は吉田さんの頭の中がそのまま文章になったようなエッセイですよね。しかも書き下ろしですし、相当大変だったんじゃないですか?
いつも考えていることを書いてるんですけど、途中で「おれは何を書いてるんだ」っていう気持ちにはなりました。他人が読んで面白いのかどうかわからなくなって、それがきついっちゃきつかったです。Amazonの購入特典用にあとがきも書いたんですけど、それもなんだか言い訳っぽくなっちゃって。でも、最近自分で読み返したらけっこう面白かったですよ。あと、編集担当の人が「この期に及んで往生際が悪い怠け者の言い訳」みたいなキャッチコピーをつけてて、それ見て笑いました。さすがにそこまで言わなくてもいいだろみたいな(笑)。
— 表紙カバーの折り返しの部分にも「自意識のこじれ切った怠け者からあなたへ」と書かれてますね(笑)。
事前に確認はしてたんですけど、いざ刷り上がったのを見たらやっぱりちょっと嫌だなって(笑)。
— でも、吉田さんは何かにつけて一度はやってみるんですよね。バイトも積極的にやってみるし、他人にも明るく接してみたうえで、「やっぱり向いてないからやめよう」という結論になる。そのスタンスは一貫してます。
そう、行動力はあるんですよ。深夜に一人で六本木のクラブに行くくらいですから。みんながいいって言ってることを実際にやってみて、「やってよかった」って思うこともありますし。
— ただ世の中を斜めから見ているんじゃなくて、一度試してから「本当にみんなそれをいいと思ってるの?」という疑問がエッセイになって出力されているというか。
そうですね、そういうことをずっと書いてる気がします。暴力について書いた章があるんですけど、世の中のみんなが「暴力はよくない」と思ってることが常識になってるじゃないですか。でも、いざというときに暴力がふるえないと、逆にナメられることもありますし。大人になっても「酒強い」「大食い」とかを自慢してくるやつもいるじゃないですか。
— そういったマウンティングの一番根源にあるのが暴力ということですね。
そういう尺度は「ないもの」になってますけど、やっぱりありますからね。その尺度で他人をバカにしてくる人もいるし。
— 日常生活でひっかかる違和感はまだまだありますか?
そうですね。需要があれば永遠に書けるんじゃないかという気もします。
— 例えば、吉田さんが大金持ちになってもそういう気持ちはなくならないんですかね?
金持ちの人って、うしろめたさみたいな感覚を持ってるじゃないですか。それを書くことになるんじゃないですかね。今の気持ちを忘れなければ、どういう状況になっても書けるというか、書いてしまうというか。でも、金持ちの愚痴って一番読みたくないですよね。
— 確かに(笑)。自分の考えていることを文章にして、それを他人に読まれるというのはどういう感覚ですか?
あんまり抵抗ないです。親に読まれるのはちょっと嫌でしたけど。
マネージャー:親御さんが30冊ずつ本を買って、実家の神社で販売してるそうです(笑)。
そうなんですよ。近所の人たちもそこで買って読んでるらしくて。でも、「本出したんだね」と言われるくらいで、褒められもせず怒られもせずでした。思った以上に、本は本に過ぎないというか。だから、別に誰に読まれても気にならなくなりました。
芥川賞獲るしかない
— 「誰に読まれても気にならない」というのは、人前でライブをやってきた経験が影響していそうですね。
確かに、バンドで慣れたっていうのはありますね。「パチンコがやめられない」(1stアルバム『エキサイティングフラッシュ』収録)を初めてライブでやるときは、勇気を出したんですよ。僕が尊敬してるミュージシャンはパチンコとかやってない感じだったし、こんなこと歌ってたら「こいつはダメだ」ってなるんじゃないかと思って(笑)。
— コミックバンドだと思われる危険性もありますもんね。
こういう歌詞のバンドもあんまりいなかったので。上手くいけば先駆者になれると思ったんですけど、誰もあとに続いてないんで、なれなかったみたいです(笑)。
— そろそろ新しいアルバムが出るという話も聞きました。
レコーディングは終わって、今はミックス中です。今年の早い段階で出せればいいなと思ってます。
— 手応えはどうですか?
前のアルバムまでは、完成するとテンション下がってたんですよ。「これでおれに才能がないことがバレてしまう」って(笑)。今回は聴き返しても「けっこういいかも」と思えてるので、他の人が聴いてもいいんじゃないかなと。売れそうな曲も入ってるし。
— ライブの予定もだんだん増えてきましたね。
去年にくらべるとぼちぼち決まってきました。世間的にも「ライブやってもいいんじゃない?」という感じになってる気がします。
— ライブは好きですか?
好きとは言い切れない。
— (笑)。精神的に消耗するからですか?
いや、たまにやると楽しいときもあるんですけど、聴いてる人がどんなこと考えてるのかが気になっちゃって、「最高!」みたいな気分には、あんまりなれないっすね。うまく音楽に没入出来た時はいいんですけど。
— 最後に、今ハマっているものや今後やっていきたいことを教えてもらえますか?
小説を書いて芥川賞を獲りたいですね。というか、自分の言動に説得力を持たせるには、もうそれしかない(笑)。芥川賞獲ったら何やっても勝手に相手が深読みしてくれるんで。周りを引かせるようなこと言っちゃったとしても、「この人の中に小さな泣いてる子どもがいます」みたいに思ってもらえたら(笑)。あとは……、引っ越しをしようと思ってるんで、理想のソファーに出会いたいなと。
— 家具屋を見てまわったり?
いや、探してはないです。出会いたい。ソファーは値段もするし、何年も使うものなんで、今は頭の中で理想のソファー像を思い浮かべてるところです。
トリプルファイヤー LIVE
2022年3月19日(土)秋葉原 CLUB GOODMAN
w/突然段ボール、左右
2022年3月27日(日)代官山 晴れたら空に豆まいて
w/ゆうらん船
2022年4月27日(水)新代田 LIVE HOUSE FEVER
「アルティメットパーティー9」(ワンマン)
吉田靖直(よしだやすなお)
バンド「トリプルファイヤー」のボーカル。1987年、香川県出身。音楽活動のほか、映画やドラマ、舞台をはじめ、大喜利イベント「共感百景」「ダイナマイト関西」などにも出演。また雑誌や各種WEBサイトでコラム執筆も多数あり、マルチな活動で注目を集めている。
著書:
『持ってこなかった男』(双葉社)
『ここに来るまで忘れてた。』(交通新聞社)
『今日は寝るのが一番よかった』(大和書房)
文:張江浩司
写真:町田千秋