加藤聡大将
神奈川県藤沢市出身。代々漁師を営む家系に生まれ、海の幸に親しみながら育つ。子どものころから料理を作り、食を通して笑顔を生み出す喜びを覚え寿司職人の道へ。20代半ばから都内の名店で活躍し、2018年に六本木の一等地に「桜坂 加とう」を開業。その後東急との縁を得て、2023年に「BELLUSTAR TOKYO, A Pan Pacific Hotel」内「鮨 甚江」の大将に就任。
その時季ならではの海鮮との一期一会を楽しむ
旬の食材と日本酒やワインとのペアリングを提供する「鮨 甚江」。もちろん主役は寿司だが、その感動を生み出すのは、握る前の食材選びや丁寧な仕込みといった丹念な準備にあると語る。加藤さんが特に大切にしているのは、食材への徹底したこだわりだ。その一貫した姿勢が、一口ごとに季節を感じさせる特別な寿司を生み出している。
加藤さんが信頼を寄せるのは、世界中から厳選された海の幸が集まる東京・豊洲市場。築地時代から通い続け、長年にわたり信頼関係を築いた専門の仲買人から、選りすぐりの魚介を直送で仕入れている。その食材選びにおいて、加藤さんが最も大切にしているのは鮮度と旬。その基準は揺るぎなく、自分の目で確かめ、手で触れて納得したものだけを選び抜く。この徹底した姿勢が、加藤さんの料理に命を吹き込んでいる。
「気候変動による海水温の変化に加え、ブランド化している産地や魚種の流行などもあります。だからこそ、目利きの技術や仲買さんとのコミュニケーションがこれまで以上に大切だと感じます。旬に関しても同様に、魚ごとに状態を見極めて四季折々の料理を表現したいですね」(加藤さん、以下同)
旬には3つの段階がある。出はじめの「走り」、最も味がのる「盛り」、そして時季の終わりを迎える「名残」。それぞれに異なる表情があり、次の旬を待ちわびるのもまた一興だ。こうした和食の伝統的な粋を大切にしながら、一皿一皿に季節の移ろいを映すのが、加藤さんの揺るぎないモットーだ。
主役の魅力を引き出す食材にも強いこだわりを
海の恵み以外も、自ら生産者のもとへ足を運んで選び抜いた特別な食材ばかり。たとえば米は、茨城県産の「ふくまる」を愛用。粒立ちが良好なうえ、粘りが軽くて酢飯にも適した品種だ。「粒が大きくしっかりしたシャリで、口の中でのバラけ具合もいい。私が理想とするお寿司にぴったりのお米ですね」と加藤さんは言う。
ほかにも、酢は2種の赤酢に米酢を合わせて香りやコクを調和させる。メインで使う醤油は、香川県小豆島産の甘みが豊かな濃口と千葉県産の濃口をブレンドし、さらに焼いた昆布や酒を加えて煮切り醤油に。
塩も数種を使いわけるが、中でも特別な逸品は、提供した料理などに添える藻塩。紹介をもとに数回断られながらも、諦めずに直談判を繰り返して仕入れることができた幻の調味料だ。このように、選び抜かれた食材同士が持ち味を最大限に引き立て合うことで、「鮨 甚江」ならではのおいしさは生み出される。
一貫、一杯ごとに感動を届ける「鮨 甚江」の極上コースメニュー
お品書きは3つ。昼は15~16貫で構成される「にぎりコース」(20,000円)。夜は季節の料理5品と握り12貫の「おまかせコース」(30,000円)と、その内容に合わせて10種前後の酒を供する「ペアリングコース」(45,000円)だ。コースの3つの注目ポイントを紹介する。
【ポイント①】漁師めしやフレンチ。多彩な料理から着想を得た 一品料理
寿司を味わう前に提供される季節の料理も、「鮨 甚江」の大きな魅力のひとつ。特にメインとなる一皿は、加藤さんのスペシャリテともいえる自信作だ。内容は季節ごとに変わり、秋冬には「あん肝のムース」が登場。濃厚な味わいと滑らかな食感で、これから始まるコースへの期待をさらに高めてくれる一品だ。
冬に旬を迎えるあん肝に甘く炊いたダシを合わせ、約2日間寝かせてうまみを凝縮させる。それを裏ごしした料理であるが、味は濃厚でいてしつこさは皆無。「私の料理は、さまざまな料理から影響を受けています。フレンチだったり、子どものころに食べていた漁師めしのDNAみたいなものだったり。それがアイデアとして自然に表現されているかもしれません」と加藤さんは振り返る。
この「あん肝のムース」は、フレンチから着想を得たという。ほかにも旬のネタを青唐辛子醤油のヅケにして提供するスタイルは、漁師めしであるヅケを応用。わさびと違った香りを楽しめる。
【ポイント②】緻密に計算された味の濃淡が織りなす寿司の流れ
コースの順番は「リズムを大切にしています」と加藤さん。寿司の流れは繊細な魚からはじまり、メリハリを出しながら徐々に濃厚な味わいへ。おおむね、コース中間で握るのがマグロだ。
なお、加藤さんの握りは手渡しが基本。理由は、よりおいしく食べてほしいという想いから。空気を含ませながらふわりと握った寿司は繊細であり、酢飯と寿司ネタのベストバランスを味わえるのは、何も介さない手渡しなのだ。
【ポイント③】ワインと日本酒が織りなすマリアージュを楽しむ
「鮨 甚江」の真骨頂であるのが、フードペアリングだ。日本酒は全国からあらゆる温度帯に合う銘柄を、ワインはわかりやすさを重視してフランスからセレクトし、料理とのマリアージュを提案する。泡、白、オレンジ、ロゼ、そしてもちろん赤も。
「実は一時期お寿司を離れ、肉割烹店で働かせていただいたことがあるんですね。そこでお魚以外の食材を学ぶとともに、ワインとのペアリングも勉強しまして。ここではその経験も生かされていると思います」
たとえば前述「あん肝のムース」に合わせるのは、エレガントな甘口が特徴の「貴腐ワイン」。室温に置かれて徐々にとろけ出すあん肝の豊かな脂と深いコクを、凝縮感のある甘みと上品なキレが余韻へと導く。
また、日本酒のグラスに関しては厳選された盃も見逃せない。特に江戸切子の名門、堀口切子が「鮨 甚江」用に製作した酒器はここならでは。
鏡をあしらったコースターにのせ、万華鏡のように広がる様を楽しもう。モダンな印象を与える黒い江戸切子は甚江のオリジナル作品。食事だけではない、細部にまで行き届くおもてなしもうれしい。
歌舞伎町でしか味わえない贅沢な食体験を
「鮨 甚江」は、晴れた日には富士山を望める45階の開放的な空間も特徴だが、書家の紫舟氏が歌舞伎役者をモチーフにし筆で描いたオブジェや、埼玉県秩父・三峯神社の神木を特別に譲り受けたヒノキで作られた カウンターなど貴重な設えも魅力。
「『おいしかった』もですが、『楽しかった』と言っていただけるとうれしいですね。お客様に、喜ばれるお店でありたいです」と加藤さん。聞けば店名の「甚江」は、母方の親戚が営んでいた網元の屋号に由来するとか。絆を大切にする大将だからこそ、料理を通じて記憶に残る店になりたいという気持ちが伝わってくる。訪れた際には、ぜひ加藤さんとの会話も楽しんでほしい。
※価格は税込表記
▼関連記事
新宿で迷ったらここ!東急歌舞伎町タワーのレストラン完全ガイド
文:中山秀明
写真:小島マサヒロ