東急歌舞伎町タワーの館内には、いたるところに歌舞伎町や新宿の歴史や多様性を表現するモチーフがちりばめられている。JAM17 DINING&BARも、そのひとつ。ダイニングへ続く壁一面にはアナログレコードがディスプレイされているが、これらをセレクトしたのは、新宿に所縁のある5人のアーティスト。
彼らは新宿にどんな想いを抱き、レコードを選んだのか。そして彼らが新宿に感じる“GROOVE”とは? 第2回は、テクノクリエイター/DJの柴本新悟さんに話を聞いた。
[連載:『あなたが思う“GROOVE”』‐6組のアーティストたちが選盤したレコードを紹介]
新宿・歌舞伎町に2023年5月に誕生したHOTEL GROOVE SHINJUKU, A PARKROYAL Hotel。お客さまの滞在が、各エンターテインメント施設や新宿のまちと呼応した“高揚感”に包まれるよう魅力ある音楽を意味する“GROOVE”がホテル名の由来。開業にあたり、新宿や歌舞伎町にゆかりのある6組のアーティストを選者に招き、「JAM17 DINING & BAR」にてレコードを展示。選者それぞれにとっての『あなたが思う“GROOVE”』を探っていく。
柴本新悟/Dr.Shingo
Dr.Shingoとして国内外でDJ活動を行う一方、歌舞伎町でお好み焼き店「大阪家」を経営し、歌舞伎町商店街振興組合の専務理事を務める。1997年に米国バークリー音楽院に入学しジャズを専攻するが、ジャーマンテクノに出合いコンピューターミュージックを志向するように。1999年に帰国しクラブ・シーンで活躍。2002年にデビュー・シングル『Have you ever seen the blue comet?』を発表。同年に1stアルバム『Dr.Shingo’s Space Oddyssey』をリリース。その後『エクリプス』(2004年)や『イニシエーション』(2006年)を発表し、ジャパニーズ・テクノ・シーンを牽引する存在となった。2023年に最終回を迎えた都市型サーキットフェスティバル「CONNECT歌舞伎町」を主催。
音楽が再生するのは、時代と記憶の風景。柴本新悟さんが選んだ5枚のレコード
─ 「JAM17 DINING&BAR」のために柴本さんが選んだ5枚のレコードについて聞いていきたいと思います。セレクトの基準や方向性は、どういったものだったのでしょうか。
まず基準になったのは、「こんな音楽が流れているカフェやレストランっていいよね」と思ってもらえる音楽ということ。具体的には、“時間の経過を忘れさせる要素のある音楽”です。音楽がJAM17のパーツのひとつとして機能して、この空間の雰囲気にマッチしてくれたらうれしいですね。たくさんの方に、選んだ作品を聴いてもらえるといいなと思います。
<柴本さんがセレクトした5枚がこちら>
1. Brian Eno/Ambient 1 Music for Airports(1978)
20代の頃よく聴いた1枚で、今回真っ先にセレクトしました。かなり有名な作品でもあるので、定番といえば定番ですが、やっぱり名作だと思います。
「環境音楽(アンビエント)」といわれるジャンルですが、この音楽は「あるけれどない」ような印象があって。意識して集中して聴く必要はない、気がついたら耳に入ってきている……そんな聞き方が究極だと思っています。人間は空気がないと生きてはいけませんが、空気の存在を認識することはあまりありませんよね。それと同じです。この音楽はどんな場面にも馴染むし、反対にどんな場面でもけっして目立つことはない。
でも、どこかで音の記憶は必ず残っているもの。ふとした風景を見たときに、この音と共に記憶が蘇るような。音とセットになったときに記憶はいちばん残る、そんな気がします。
2. KRAFTWERK/COMPUTER WORLD(1981)
僕にとってテクノを作るきっかけになった、人生を変えてしまった1枚です。僕はもともとジャズしか聴かない人間で、将来はギタリストになろうと、アメリカのバークリー音楽院で勉強をしていたのですが……。
ある日、同じ日本人留学生の友人にこれを聴かされて、「どうやってこの音楽は作られているんだ!?」とものすごい衝撃を受けて。もうギターを弾くのをやめて、Macを買いに走りました。専攻もジャズから、パソコンで音楽を作る学科に変えてしまって。それぐらい、僕にとって重みのある1枚です。非常に影響力のある、地球上の多くの人にとっても重みがあるレコードなんじゃないかな。
テクノミュージックではありますが、この時代は人間がリアルタイムで“手弾き”せざるを得ないパートも多い。それゆえか、どこか人間臭さを感じるサウンドも魅力です。
3. Beck/Odelay(1996)
発売日にタワレコに買いに行った大好きな作品です。他の4枚と少し毛色が違って、ロック色の強いレコード。ジャンルを多岐にまたいでいて、カテゴライズするのが難しい。ただの「オルタナ」ではないですよね。サンプリングを駆使した不思議なサウンドが、今聴いても非常に新鮮です。
リリースから30年近く経つ作品ですが、ふと見つけるたびに「どんな曲が収録されていたっけ」と、思い出を紐解くように再生してしまいます。いつまでも記憶のどこかに残っている音楽というか。
リリース当時はパソコン1台あれば音楽制作できるという時代ではないので、おそらくハードウェアを使って、苦労して音をつなげているんでしょうね。そんな90年代の「黎明期」感もいいですよね。
4. Dr.Shingo/Welcome To Space Odd-Yssey(2002)
Dr.Shingo名義でリリースした僕の1stアルバムです。特に表題曲の「Welcome To Space Odd-Yssey」をこのJAM17で聴いてもらえたら、という気持ちで選びました。この曲のスペーシーな世界観とJAM17の組み合わせが、面白いんじゃないかって。
自分の作品ながら、なかなかトリップ感が強いところが気に入っていて。当時は僕も、完全にはシンクロできない機械を使って曲を作っていた頃。聴いているとどこかに人間ならではの“揺れ”があるとか、「ここちょっとズレてるな」とか、いまだに発見があるんです。
制作時はクラフトワークやYMOなど、「テクノポップ」と呼ばれるジャンルをかなり参考にしましたね。シンセサイザーが“歌う”ような、そんな楽曲に今も惹かれます。
5. ALVA NOTO + RYUICHI SAKAMOTO/SUMMVS(2011)
アルバ・ノトと坂本龍一さん、大好きな2人のコラボ作品。1枚目に紹介したブライアン・イーノと同じく「アンビエント」のくくりになるのですが、ブライアン・イーノが空間すべてを音で埋め尽くしていく音楽であるのに対し、こちらは「粒」を感じる音が印象的です。空間のなかに、細かい粒子が流動するイメージを想起させるような音楽ですね。
坂本龍一さんは、東急歌舞伎町タワーの映画館の音響プロデュースをされていますよね。セレクト中は知らなかったのですが、あとから聞いて「なんて素晴らしい偶然なんだ!」と。これはもう、飾られていて当然でしょうという気持ちです。僕にとってもうれしいつながりですね。
今年3月の訃報はとても残念でしたが、芸術は死なない。東急歌舞伎町タワーには、教授(※坂本龍一さんの愛称)の魂が残っているんじゃないかなって。彼の音楽……魂は、ずっとここで鳴り続けるのだと思います。