佐々木チワワ
東京生まれ。幼稚園から高校までお茶の水女子大学附属の一貫校で学んだのち、慶應義塾大学総合政策学部を卒業。初めて歌舞伎町に足を踏み入れたのは、高校1年生の大晦日。以来、この街で輝くの人々に惹かれ、自らも夜遊びを経験しながら、夜の街や社会学をテーマとするライターへ。近著は『オーバードーズな人たち』(講談社刊)。
約600メートル四方の小さなエリアに多様な“顔”を持つ歌舞伎町
新宿エリアの中でも存在感の強い歌舞伎町だが、意外にも約600メートル四方というこぢんまりしたエリアである。佐々木さんによると、この狭いエリアはさらにふたつに分けることができるという。
「歌舞伎町はひと言では言い表せないくらい、多様な“顔”をもっている街。ただ、エリア内にひとつ明確な“境目”を挙げるとしたら、『花道通り』。ここを境に、街の雰囲気が二分されます。『花道通り』を挟んで新宿側(歌舞伎町1丁目)は、渋谷や池袋の繁華街とそこまで変わらない様相ですけど、新大久保側(歌舞伎町2丁目)になると圧倒的に風俗色が強くなる。ですから、歌舞伎町で何度も遊んだことがあっても、奥に行ったことがないという人は多いと思いますね」(佐々木さん、以下同)
佐々木さんがいうように、新宿側(歌舞伎町1丁目)ほど、お酒よりも食事がメインのお店や大手チェーンが多い印象。また近年では「東急歌舞伎町タワー」や「新宿東宝ビル」が新設されたことで、手前側(歌舞伎町1丁目)は海外からの観光客も多く、昼間から賑わっている印象も強い。
歌舞伎町は「巨大なドン・キホーテ」。多彩な業態と密集度が東京で随一
そんな歌舞伎町を佐々木さんは「巨大なドン・キホーテ」のようだと表現する。狭い区画の中に明確な“境目”があるにしても、業態の多彩さ、店の密集度は、東京の他の街とは比べものにならない。
「たとえばハイブランドの隣にローブランドがあるように、歌舞伎町も高級クラブと大衆酒場が並んでいますよね。そのようなカオスな状態がドンキのようだなと。
そして街での遊び方も少し似ている気がして……。ドンキは商品も個性的で面白いものはたくさんあるけど、実際に買うのはいつもの決まったもの。そんな感じで、いろんなお店があるけど行くのはいつものところ。なんとなく楽しそうだから街に遊びに行ってみて、ウィンドウショッピング的な感じで見てみたけど、勇気がなくて高級店には入れず帰る、みたいな(笑)
実際、この街に9年通っていてもまだ行ったことがないお店はたくさんあるし。それになんだかんだ、紹介がないと開拓が難しい。雑居ビルに入っているお店や、常連が多そうな飲み屋に関しては、やっぱりひとりでは入りづらいですね。でも連れて行ってくれる人がいれば、(先述の)区画が異なる店でも入ることができる街だと思います」
一方で、歌舞伎町の東南部に位置し昭和の風情を残す「新宿ゴールデン街」については、お店の業態も集まる人々も、いわゆるザ・歌舞伎町の様相とはまた異なるという。
「歌舞伎町エリアと隣接していても、意外と新宿ゴールデン街と歌舞伎町の飲食店を行き来している人は少ないようです。あとはコロナ前後でインバウンドが増えた影響で、新宿ゴールデン街は歌舞伎町より圧倒的に外国人の方が多い印象ですね」
夜の街として。歌舞伎町は東京の他の街とどう違う?
このように居酒屋やバーなど飲食店ひとつとっても、店によって集まる人々が異なるという歌舞伎町。同じく東京の夜の街を代表する六本木と比べて、どんな点が違うのだろうか。
「同じ夜の街でも六本木と歌舞伎町の違いをひとつ挙げるとすれば、ホストクラブの有無ですね。六本木にはホストクラブはありません。イケメンの芸能系の男の子とのめるバーなどはありますが、『六本木ナンバーワン』のような序列を街として作るほどのシステムは存在しない感じですね。
飲食店街という観点で、六本木と歌舞伎町とで大きく異なるのは大衆店の数です。巨大ターミナルの新宿駅に近い歌舞伎町は、国内外からさまざまな人が訪れますし、学生やフリーターなどもあまた。そのため大衆店も多く、それが歌舞伎町の雑多な世界観を生み出している気がします」
深入りはしない。人とゆるいつながりを求めて
高校時代に初めて歌舞伎町に足を踏み入れたという佐々木さん。さまざまな遊び方を経て、現在は、シーシャバーなどによく通っているとのことだが、そこにはどのような人間関係が広がっているのだろうか。
「これは特にコアな“歌舞伎町民” (※)の話ですが、ゆるいつながりを求めて集まっている人が多いような気がします。というのも、自分がそうでしたから。私は幼稚園から一貫校で、地元の友だちと学校帰りに寄り道したり、近所で遊んだりってことがなく、初めてそういう友情を覚えたのが歌舞伎町でした。
街を歩いてたら知り合いに会えるとか、この店に行けば馴染みのメンツがいるとか、行きつけの店が一緒とか。時間あるならちょっと会おうよって連絡が来たり、馴染みの店にとりあえず行ったら仲間が来たり。友だちと予定を合わせて会うのではなく、ふらっと街に行っても常に誰かがいる状態であるのが歌舞伎町なんです」
※:佐々木チワワさんは歌舞伎町の文化を民俗学のように捉えていることから、歌舞伎町で働く人・遊ぶ人の造語として使用。
「お金を多く使うことで覚えてもらう」歌舞伎町の潔い文化
自分のタイミングで会いたい時に会える、ある意味、都合のいい関係。それはホストクラブやキャバクラだけの話ではなく、居酒屋やバーにも同様の文化があるという。
「たとえば、行きつけにしたいと思った店の店員さんにお酒をおごって、ボトルキープを注文して覚えてもらえるなど、お金でつながる利害関係前提の優しさが、ゆるやかにあります。
もちろんそこには商魂みたいなものを持って接する店員さんもいます。『あのときはありがとうございました』となれば『じゃあまた来てね』みたいな。でもそれがある種、歌舞伎町の文化だとも思いますし、私は潔くて好きです」
審美眼を持ってお金の使い方に用心しながら遊ぶ
最後に、佐々木さんに歌舞伎町のナイトライフの楽しみ方を教えてもらった。
「楽しむコツは、コスパとタイパを気にしないことですかね。いかにコスパよく楽しむかを考える人はあまり向いていません。
とはいえ、お金の使い方は用心することも大切。ぼったくりまがいの店もなくはないですから。その審美眼は必要ですし、加えて失敗を勉強代と考えられる人、使うお金に躊躇を感じたときにバサッと関係を断って次に行ける人は、楽しく遊べると思います」
普通に生きていたら絶対出会えない人との交友が生まれ、さまざまな経験の数々をこの街で得たと話す佐々木さん。そんな歌舞伎町は今日も人々の喜怒哀楽を包みながら、眠らずに輝いている。
文:中山秀明
写真:坂本美穂子
取材協力:寺子屋