コフレリオ新宿シアター
歌舞伎町の東側、本来は国内外からの観光客で賑わう華やかなエリアに位置する『コフレリオ新宿シアター』は、実力派劇団から人気俳優、声優まで数多く出演する小劇場。地方からも多くの観客が訪れる、演劇好きにはよく知られたスポットだ。
総支配人を務めるのは、自らも様々な現場で舞台作品を手掛けている、演出家の山口喬司さん。他劇場でのクラスター発生などセンシティブに成らざるを得ない話題も取り沙汰された演劇界隈だが、「ようやく来年の公演予約が入りだしました」とポジティブな様子で取材に応じてくれた。
「一時期はうちもそうだし、他の劇場さんもどこも本当に厳しい状況でした。だけど、今は劇場も利用される団体もすごく真面目に感染予防をやっているし、お客さんもとても協力的なので、悲壮感とかはあまりないですね。コロナ禍になって実感したのは、ひとつ公演があるだけで、例えばお客さんが花を買ったり、推しに会うためにおしゃれしたり、街全体が相乗効果で盛り上がるんですよね。『劇場やライブハウスに人が集まるのは危ない』と、社会と切り離された場所のように言われていたりしますけど、実はちゃんとつながっているんだって。コロナ禍になったことで、僕もようやく気がつきました」
『コフレリオ新宿シアター』と併せて、『高田馬場ラビネスト』も経営している山口さん。両劇場存続のために借り入れをして、「今はなんとかやっていけてるなって感じです」と笑う。クラウドファウンディングなどを実施しなかった大きな理由は、「できれば、与える側でありたい」という自身のポリシーだったそう。
「自分のところだけが助かればいいんじゃなくて、できるだけのことをやりながら演劇シーン全体を盛り上げていければいいんじゃないかなって考えて活動しています。今何かをやるって勇気がいると思うんですけど、少しでも自分たちが何らかの活動を続けることで他の劇場さんも劇団さんも希望が持てるんじゃないかなと思うんです。たとえば配信って利益だけでいうと正直プラスになるかな…くらいのこともあると思うんですが、SNSで盛り上がったりしていること自体がシーンにとってプラスに働くと思うし、将来的な投資にもなると思っていて。そういう前向きな空気が今やっと少しずつでき始めている感じはしていますね。エンタメって大変なときに希望になれるものだから、もっとそういう存在になれたらいいなと思っています」
新宿マーブル
2004年5月に誕生し、インディーズバンドのライブを中心にDJイベントやお笑いなどをジャンルレスに楽しめるハコとして親しまれている新宿マーブル。その新宿マーブルで16年間店長を務めてきた鈴木賢介さんが2020年10月に運営会社からの独立を宣言。独立支援のためのクラウドファウンディング実施や同月18日には渋谷クラブクアトロで人数制限を設けた有観客+有料配信公演「STAND UP MARBLE vol.1」を開催。2021年春にはレーベルを始動するなど、コロナ禍においてなお前進を続ける姿勢が大きな注目を集めている。
鈴木さんが独立に向けたビジョンを描き出したのは、数年前のこと。系列店の経営困窮などさまざまな事情が重なるなかで訪れたコロナ禍の到来は、「苦しみながらでも新宿マーブルと一緒に生きていけるなら」と覚悟を決めていた鈴木さんにとって独立を後押しするチャンスにすらなったという。
「新宿マーブルはここで出会った人たちとの関係を繋ぎ止めてくれている場所なんです。独立は結果的に早まったところはありますけど、もともとこの場所が終わりそうになった時に買い取れるよう心構えだけはしていたので。ただ、コロナ禍ということで自由にいろいろできるタイミングではなかったので、さらに覚悟が必要ではありました」
自身のことを「楽観的なんですよ」という鈴木さん。常に世の中の状況をよく観察し、模索しながらも悲観せず、その時やるべきことをすぐ行動に移す。そうした姿勢は、営業ができなくなった緊急事態宣言時から今現在、そしてこの先に向けて大いに発揮されている。
「もうすぐ緊急事態宣言が発令されるんじゃないかっていう時に、これから誰もライブを観られない状況が続くことを想定してライブ映像をまとめて十何本撮影しておいたんです。外出自粛期間中はその映像をお客さんに届けていました。営業ができない間はグッズの通販もやっていたんですけど、それもすごい反響があって。4月・5月は家賃をまかなえるくらいの売り上げがありました。けれど、6月になって営業を再開すると、必然的に配信の視聴者数が下がってきて。ただ、ライブハウスに戻ってこられていないお客さんがいるのも事実なので、今は有観客のライブをやりつつ、配信のために身につけた技術も活かしながら良い音質でライブの雰囲気だけでも届けてあげられたらなと。ライブを観たくても来られない人を置いていきたくはないし、お客さんがいる空間が一番ライブハウスとしてのチカラを発揮できるっていうことを再確認できたので、お客さんに帰ってきてもらいやすいように来年の1月から5ヶ月間かけて『31日間フリーライブ』というものを開催しようと考えています。もしうまくいかなくても、やりようはあると思うんです。楽観してるところもあるけど、実際いま毎日楽しいですしね」
新宿ロフト/ロフトプラスワン
都内を中心に全10店舗を運営する、言わずと知れたサブカルチャーの殿堂・ロフトグループ。その筆頭が、歌舞伎町から数々の伝説を打ち出してきたライブハウス『新宿ロフト』と唯一無二のトークライブハウスとして知られる『新宿ロフトプラスワン』だ。
ロフトプロジェクト社長を務める加藤梅造さんは、街やライブハウスの特色によってもお店の回復度が異なると、現状を語ってくれた。
「経営は最悪でしたよ、特に歌舞伎町は。あれだけマスコミの報道で『夜の街』って騒がれて。ロフトグループでも、ライブハウスとトークライブハウスだと、ソーシャルディスタンスを取りやすいっていうところがあってトークの方が回復は早いんです。だけど、渋谷にあるLOFT9と歌舞伎町のロフトプラスワンを比べると、大体同じキャパでも渋谷のほうがイベントも埋まってますね。お店でも可能な限りリスクを減らしてはいるんですけど、それでもまだゼロリスクとは言えないし、ライブに行くことにまだまだ抵抗感を持っている人がいるのが現状だと思います」
例外なくコロナ禍の影響を受けるなか、クラウドファウンディングなどといった支援プロジェクトを行なわずして、1店舗も閉店させることなく営業を続けているロフトグループ。一時、大変な話題となった創設者である平野悠さんによって明かされた“2億円の借金”など、いまだ平穏には遠い現状を踏まえながらも加藤さんは「ライブは、なくならない」と真っ直ぐに応えてくれた。
「ライブって、すごく原始的なもんだと思うんですよ。人が集まって音楽を聴くっていうのは大昔からやっていることだから、そこはなくならないだろうし。やっぱり、実際に会って一緒に話したり笑ったりすることが人間にとって大事だと思うんですよね。あとは、それをこの状況の中でどういうふうにやっていくのか、これから作っていくしかないですよね。歌舞伎町に足を運ぶというのは、今でも相当な覚悟がいると思うんです。その想いをちゃんと大事にしないと、それだけの気持ちで来てくれている人たちを危ない目に合わせるわけにはいかない。だけど、そのためには、お客さんにも協力してもらお客さんにも協力してもらう必要があります。ライブって出演者と店とお客さんの三者で成立させるものだから。うまくいかない日もあるけど、1日1日お客さんにも出演者にも『良かった』と思ってもらえる場をどれだけ作れるか、そしてそれを続けていくしかないですよね」
新型コロナウィルスの影響は根深く、いまだ多くの業界が悪戦苦闘を続けている。しかし、そうしたネガティブな状況においても、新たな価値創造やこれまでになかったアプローチが生まれているのも事実。厳しい状況にありながらも前を向いて進もうとするエンタメ空間を拠点に、人と人とが集まり新しい文化が生まれてきた歌舞伎町という街の底力が発揮される、ポジティブな未来を期待せずにはいられない。
text:野中ミサキ
photo:編集部