<前編>では、女優としての、好奇心とアイデンティティーのバランスを保ちながら映画館に潜み、鬱々とするメンタルを包み込む“新宿”という街が自分と重なり合っていたと回想してくれた。
<後編>では、映画館以外での新宿との接点や、変わったという仕事に対する想いを語ってもらった。
※前編
1本の映画で人生が変わる人もいる。そういう意味では怖い仕事でもあるけど、やりがいもある
— 夢や目的が明確になったことで、仕事に対する意識も変わったんですね。
今はこの仕事にも喜びをすごく見出せてて。あと、今からだともうやれる仕事が少ないんじゃないかと。今更就活してもね、みたいな(笑)。今、自分がやってる仕事を自分の居場所にする方が早いっていう消去法というか、諦めという線も10%くらいはありましたね。他の仕事、今からやってもな〜みたいな。
— これだけ顔と名前が広がってしまうと難しいかもしれないですね。今は行く街も変わってますか?
そうなんですよ。新宿とか渋谷とか阿佐ヶ谷とか。映画館のために行ってた街は、今、行くとクラクラしちゃうんですね。でも、どっちかというと、ものを作るときの意識は、新宿や渋谷の人に向けてやってるんですよ。
景色の色がいっつもグレーで色を失っているような人はたくさんいると思うから、そういう人たちに向けて、いっつも作ってる
— それはどういう意識ですか?
イコール“昔の生きづらかった自分”の気持ちですね。全く同じではないけど、似たような人たち。景色の色がいっつもグレーで色を失っているような人はたくさんいると思うから、そういう人たちに向けて、いっつも作ってる。自然に囲まれて、おいしい空気を吸ってる人たちでも、もしかしたら心象風景は同じかもしれない。そういうことを想像しながら。逆に…なんか、わかったんですよね。自分がモヤモヤしていたり、それこそ鬱状態では、本当に良いパフォーマンスができないって気づいて。心と体が整ってないとできないんだなってわかったんですよ。山田洋次さんも何かの番組で「俳優は健康じゃないといけない」と言ってたんですけど、その意味がやっとわかって。他人の邪気に当てられることに敏感になったのも、それを知ってから。ここにいちゃいけないなって思うんだけど、その人たちに向けてやってるんです。一人でもいい。私が10代のときのように、映画を観ていた時間だけでも、一瞬でもいいから、生きづらさを忘れさせることができたらいい。大きく言えば、1本の映画で人生が変わる人もいる。そういう意味では怖い仕事でもあるけど、やりがいもあるなと思って。
— 清濁どっちも知ってる人だからこそできることもありますよね。
そうですね。むしろ、それを無理やりアイデンティティーにしないと崩壊するっていうか。私はわざと落ちていったところもあるから。どっちも知ってるからこそできるっていうのを強みにして、なんでもやっていかないと、ドロドロしてた時期がただのマイナスになる。ずっとキラキラしてた人に対して、“羨ましいな”って思うこともたくさんあるけど、だったら、“これはできないだろう”っていうことをしないと意味がないなっていうこと。どっちもあるからできるっていうことは、これからどんどん増やしていきたいなと思いますね。
新宿ゴールデン街劇場に根本宗子さんの舞台を見に行きました
— ここから映画館以外の話もお伺いできますか。
今は無くなっちゃったけど、新宿ゴールデン街劇場に根本宗子さんの舞台を見に行きました。確か、タイトルが口にしづらいやつで……。
— 『中野の処女がイクッ』(2013年10月)ですね。
それです!超面白くて。私は幼かったから、歌舞伎町やゴールデン街は怖かったんですけど、行って良かった!って思いましたね。もう無いのが残念ですね。本当に狭くて、お客さん一体型みたいな劇場で。
— 40人くらいしか入らなかった。
でも、超面白かったんだよな〜。あの狭さだからこそ、っていう感じがしましたね。
— その舞台に立ちたいと思った?
それは思ってました。無理だろうけどっていうのは前提なんですけど、小さいハコで好きな劇団員さんたちと好きな作品をやって。お客さんたちとも顔見知りになっちゃったりして。そういうのには憧れてたかもしれないですね。ライブハウスとか、小さいところだと全員と目が合うじゃないですか。私はインディーズの人たちばっかり観てたから、もし許されるならやりたいなっていう憧れはありましたね。
— ライブハウスにも行ってた?
私、ライブハウスの名前が全然覚えられないんですよね。ライブハウスの名前で愛着ある人もいるけど、私は好きなアーティストに会える、っていう以外の情報が頭に全く入ってこなくて。だから、どこでも、ライブハウスはライブハウスなんですね。でも、当時、大森靖子さんのライブには行ってたと思います。あとは、喫茶店によく言ってましたね。映画の前後で調べて、純喫茶によく行ってました。
— どこの喫茶店ですか。
新宿伊勢丹の横にある『素多亜(スタア)』とか。ただ本を読んで落ち着いてる時間。私にとっては日常って感じですね。コーヒーも、今は飲めないんですけど、あの時期は、純喫茶のコーヒーならブラックで飲んでたんですよ。店主の味!みたいな(笑)。それなら苦さも構わないみたいな魔法がありましたね。
あの頃、本当に曇りじゃないと嫌だったんですよね。それ、すごい覚えてます
— (笑)伊勢丹は?
当時はほとんど行ってないですね。今は時々行きますけど、ショッピングモールとか、百貨店とか、眩しいところが苦手だったんです。あははは。だから、映画館とか純喫茶とか、暗いところばかり求めて行ってましたね。今は晴れが大好きなんですよ。太陽がないと生きていけないくらいの人間なんですけど、あの頃、本当に曇りじゃないと嫌だったんですよね。それ、すごい覚えてます。自分でも面白いなー、と思いますね。
— 食べ物屋さんはどうですか?
最近、料理を粒子で見極めるようになって。“粒子が細かければ細かいほどうまい”っていう法則はありますね。だから、写真だけ見ておいしいかどうかがわかる。食べログの点数とか関係なく、おいしいところを見つけるのは得意ですね。
— それは人のオーラが見えるのと同じこと?
え?粒子が細かいとか粗いとかわかりません?こしあんか、つぶあんか、みたいな感じというか(笑)。粒子が細かいほど、シェフの気持ちがこもってるんですよね。やっぱり手間をかけられていたりとか、時間をかけていたりする。粒子が粗いとチンしてたりするんですよね。
— いや、見た目じゃわからない気がします(笑)。では、新宿に来ると思い出すお店はありますか。
カレー屋さん!『ガンジー』がめっちゃおいしいんですよ。名前はインドカレーっぽいけど欧風カレーなんですよね。最近は食べに行けてないけど、『curry草枕』はデリバリーで頼んで食べたりしてます。あとは、歌舞伎町のホストクラブにも行ってみたいかな。
作品自体も良かったんですけど、ホストのコールが素晴らしかったんですよ
— 今日の撮影中もホストクラブの看板に興味津々でしたね。
気になりますねー。生涯行かないかもしれないけど、行ってみたい気持ちもあります。中村蒼さんが出てた佐々部清監督の映画『東京難民』がすごく良くて。作品自体も良かったんですけど、ホストのコールが素晴らしかったんですよ。曲としてもいいし、あのリズム、テンポ感が琴線に触れて。私もやりたい!と思って(笑)。だから、ホストに興味はありますね。
— ちなみに単館系の映画館によく行っていたとのことですが。
今はシネコンの良さに気づきました。椅子は柔らかいし、画面も大きいし。あの頃は全くシネコンに行ってなくて。むしろ、椅子が硬くて、古くて、独特な匂いがするのが好きだったんですけど、今はシネコンの椅子の柔らかさのありがたみを感じながら観たりしてますね。
人間のS字に合わせた、健康的に座れる椅子があればいいのにって思ってます
— 現在の橋本愛さんが映画館に求めるものはなんですか。
チュロスが好きなので、黒のチョコのチュロスが欲しいです。ドリンクはコーラ。最高の組み合わせですね(笑)。あと、椅子なんですけど、私、映画館通いすぎて、フィジカルがズタボロになったんですね。名画座とか、アート系だと椅子が硬いし、頭もつけられなくて。そもそも、猫背に合わせたようにシートが凹んでるんですよ。だから、呼吸ができなくなって、映画館で何度か呼吸困難になったことがあって。シネコンでも、ふかふかだけど、猫背設計のようだから、胸が張れなくて、変な角度になるんですよね。最近はコートを腰に当てて観てるんですけど、人間のS字に合わせた、健康的に座れる椅子があればいいのにって思ってます。あと、荷物置きかな。横に人がいると、ずっと抱えたままだから。クロークに預けるとかではなく、椅子の下とかに荷物置きがあるといいなって思う。あと、なんだろうな。映画館になきゃいけないもの……。
— 今日、工事現場の前で撮影しましたが、約2年後に、ライブホール、劇場、8スクリーンの映画館を備えたエンタメ施設ができるんですよ。
え、すごい、嬉しいですね。まさかのエンタメ施設だと思わなかったので、今、聞いてびっくりしてます。このご時世、無くなることはあっても、新しく出来ることがあるとは思ってなかったから。
新宿は少し汚れてないとダメなんですよね。綺麗すぎる水では生きられない魚もいるから
— 橋本愛さんは昨年、MISHIMA2020『班女』で舞台にも立ってますし、大人気のYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」で「木綿のハンカチーフ」を歌ってますし。
自分が出る映画をかけてもらって、舞台もやって、ライブもやれば、この施設網羅できちゃいますね!あはははは。そんなことができるようになれるまで頑張ります。何よりお客さんとしてすごく楽しみです。でも、新宿は少し汚れてないとダメなんですよね。綺麗すぎる水では生きられない魚もいるから。そうでないと生きられなかった10代の私を受け入れてくれた街のまま、ずっと在ってほしいなという気持ちもありますね。
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文:永堀アツオ
撮影:荻原大志
スタイリング:飯田珠緒
ヘア&メイク:ナライユミ