同じ音楽を好きで、共有できる仲間がいる。
そんな環境だからこそ、ずっと音楽にハマっていられる
─ お話を聞いていて、石井さんのレコード愛がひしひしと伝わってきました! ちなみに今回、ディスクユニオンを代表して石井さんに白羽の矢が立った理由とは?
上司から指名を受けまして(笑)。理由は……確認したわけではないのですが、“GROOVE”というテーマならブラックミュージックやヒップホップの担当者でしょう、ということで僕が選ばれたのかな、と想像しています。
セレクトはとても楽しかったです! 仕事でレコードを選ぶときは、ジャンルや発売日などある程度縛りがあることがほとんどですが、今回は本当に自由に選ばせていただいて。我ながら、なかなかいい5枚を選べたのでは?と思っています。
─ 石井さんはどんなきっかけでレコードにハマったのでしょう?
きっかけはヒップホップですかね。僕は1995年ごろから聴き始めましたが、僕より少し上の世代の方たちは、よりどっぷりヒップホップムーヴメントを生きてきた人たちで。友達の家に行くと、大学生のお兄ちゃんがターンテーブルを持っていて、レコードでヒップホップを聴いているんです。そんな姿を見て、「かっこいいな」と思ったのが最初の入口でした。
─ 初めて買ったレコードは覚えていますか?
Nasの『It Was Written』かな。僕が初めて買ったラップのCDがこれで、発売日にショップに行ったので1996年のことですね。その後1998年からレコードを買い始めたのですが、思い出の一枚として、レコードでも最初にこのアルバムを購入した記憶があります。
─ 山梨県甲府市のご出身とのことですが、上京してディスクユニオンで働き始めた経緯は?
大学進学をきっかけに上京したのですが、卒業後しばらく定職につかずふらふらしていまして……。20代後半に差し掛かるころ、アルバイトを始めたのがディスクユニオンです。そうしたら、それまでにやった仕事のなかでいちばん僕にしっくりきて! いい先輩にも恵まれて、そのまま社員に。かれこれ15年くらい働いています。新宿店には2016年から2024年春まで、8年間勤めました。
─ レコード好きな石井さんにとって天職だったのでしょうね。
きっと、レコードに対して“凝り性”なんだと思います。音楽を聴くだけじゃなく、“所有する”感覚が好きでレコードを集めたり、ジャケットがかっこいい!と惚れ惚れしたり、クレジットを見てニヤニヤしたりだとか。それに、仕事の仲間やお客さまとこの気持ちを共有できるのが楽しくて楽しくて。
ディスクユニオンには、日本でいちばん音楽に詳しいような方たちがたくさんいらっしゃるので。長く働いていると、お客さまも名前を覚えて声をかけてくれるんです。
─ お互いに好きなものを共有できるのは、とても素敵ですね! 語れば語るほど、もっと好きになれそうです。
本当にそうです。自分の親くらいの世代のお客さまや、ひとまわり年下のスタッフとも、同じ音楽を好きで共有できる。そんな環境だからこそ、ずっと音楽にハマっていられるのかもしれません。
─ 新宿のディスクユニオンにいらっしゃるお客さまは、どんな方が多いですか?
ビル丸ごとユニオンの「ディスクユニオン新宿」、2018年にオープンした「ユニオンレコード新宿」をはじめ、新宿エリアでは幅広いジャンルをカバーしています。それもあって、レコード好きのお客さまならまずは新宿、という印象です。渋谷と比べて、海外の方よりも圧倒的に国内のお客さまが多いですね。
コアな常連さんもたくさんいらっしゃいますし、他のエリアの店舗と比べて若いお客さまも多い傾向があります。駅近で、店構えも入りやすいからでしょうか。
─ 毎日いらっしゃるお客さまもいると聞いたことがあります。
ディスクユニオンに来るのが日課になっているような方もいますね。弊社は中古盤の取り扱いがとにかく多いんです。店舗にもよりますが、毎日のように違う値段のもの、違う年代のものが新着コーナーにずらっと並ぶので。
ちなみに中古盤の値付けも一枚一枚、スタッフが行っています。その結果、自分の思い入れが強いアーティストが入荷されると、ついつい値段を高めに設定してしまうのも“あるある”で……(笑)。逆に相場より安くなってしまう場合もあって、目利きのお客さまからしたら、「よくわからずにこの値段にしているのだろうな」と思う瞬間も多々あると思うんですよ。なんというか、値付けひとつとってもすごくスタッフの人間味が出る。
だからこそ、いいレコードにちゃんといい値段をつけられると、コアなお客さまからはとても褒めてもらえます! 「君たち、わかっているね」と(笑)。
─ その人間味こそが、ディスクユニオンがレコード愛好家から支持される所以なのでしょうね。
そうですね。弊社はけっして大企業ではないのですが、それでもマニアの方々から支持していただけるのは、スタッフたちの音楽愛が伝わっているからだろうと、僕も思っています。値付けもそうですが、店頭の作り方やおすすめコメントの内容、試聴機に何を入れるか。音楽を愛するスタッフに自由にやらせてくれる会社だからこそ、端々からその想いを受け取ってもらえるのではないでしょうか。
新宿は都会的なキラキラ感と、古き良き哀愁が共存する街
─ 石井さんにとって新宿とは、どのような街でしょうか。
地元にいた高校生の頃から、東京には時折足を運んでいたんです。東京には音楽や洋服など、当時から本当にたくさんの魅力的なお店があったので。頻繁には無理でしたが、お小遣いを貯めて。
ただ、上京して本格的にレコードを買い始めてからも、渋谷に行くことがほとんどでしたね。新宿のレコード屋さんはもっとディープな印象で……10代の僕からすると、ちょっぴり敷居が高いイメージでした。
その一方で、街としては昔から身近に感じる存在でもあります。甲府から新宿はJRの特急あずさで1時間半くらいの距離で、東京に行くとなるとほぼ必ず降りる駅ですしね。今は中央線沿線に住んでいるので、お出かけの行き先は何かと新宿になることが多くて。プライベートでは「地元にいるか、新宿にいるか」という生活です(笑)。
ディスクユニオンを通して新宿を見ると、最もたくさんの店舗が集まっていて、集客力も売上も多く、やっぱり「大きな街だな」という印象を受けます。でもちょっと路地に入ると住宅街があったり、にぎやかな歌舞伎町もあれば、隣り合った三丁目エリアは少し落ち着いた雰囲気だったり。いろいろな顔がある街でもありますよね。
─ 新宿や歌舞伎町には、どんな音楽が似合うと思いますか?
個人的には、音楽で例えると“ブルース”! 歌舞伎町ってとってもブルースが似合います。1940年代から1950年代くらいの、ギターが奏でる哀愁漂うブルース。新宿って、そこかしこに昭和感が残っていると思いません?
─ わかります(笑)。東急歌舞伎町タワーのような最新のビルもあれば、昭和の空気もあるという。
不思議ですよね。CHANGEの『Miracles』のような、都会的なキラキラ感が似合う側面もありつつ、古き良き顔も持っている。そういう、ちょっと雑多なところが新宿の魅力なんだと思います。
─ 東急歌舞伎町タワーには、実際に訪れてみていかがでしたか?
いや〜、めちゃくちゃ楽しかったです。エスカレーターを上ってすぐの「新宿カブキhall」が、まるで香港映画の世界みたいでワクワクしました。ずっと新宿で働いていて、タワーの建設の様子を見てきたので……だんだん高くなっていく建物が、最終的にどんな感じになるんだろう? と気になっていたんです。実際に行ってみると、意外にもキャッチーで、僕にも入りやすい雰囲気でした。
それでも、新宿の雑多で独特な感じはしっかりありましたね。誰でもウェルカムだけど、尖った感じもある。そんなところにも新宿らしさを感じます。
─ では最後にお聞きしたいのですが、ずばり石井さんの考える“GROOVE”とは?
“GROOVE”って、僕が好きな音楽、ヒップホップやソウル、ファンクには絶対に欠かせない要素なんです。一言で表すとしたら……悩みますね(笑)。難しいですが、“躍動感”“胸の高鳴り”かな。身体よりも、“心”が踊るもの。それが、僕にとっての“GROOVE”です。
文:徳永留依子
写真:坂本美穂子