あらゆる価値観が交差する歌舞伎町に集う次世代の才能たちの、過去・現在・未来に迫るインタビューシリーズ「NEXT UP!」。
第11回は、ボーカルグループ「JXJ」のメンバーであるTAKUYAが登場。コロナ禍当時に在籍していたグループが活動休止となるなど、苦難を経験しながらも活動を続けてきた彼だが、現在ではJXJの活動のみならず韓国の人気音楽サバイバル番組の日本版『現役歌王JAPAN』の出演などでも注目を浴びている。そんな彼に、これまでの歩みや歌に向ける想いについて聞いた。
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<NEXT UP!的 推しポイント>
- 挫折から火が着いた歌手になるための熱意
- 中高音域の伸びがある力強く美しい歌声
- 一つひとつの出会いを大切にする歌と人との向き合い方

TAKUYA(タクヤ)
1994年5月16日生まれ。静岡県出身。幼少期から音楽が好きで、中学時代から友人たちとカラオケに行き始める。中学時代にLDHの「VOCAL BATTLE AUDITION」を受けるも二次選考で落選。初めて歌で認められないという経験をしたことをバネにして、本格的に歌手を志す。高校卒業後、専門学校ESPエンタテインメント東京に進学。2018年にCOLOR CREATIONのメンバーとしてメジャーデビューを果たすもコロナ禍で活動休止。その後、ボーカルグループJYTとしての活動を経て、現在JXJ(ジェイ・バイ・ジェイ)のメンバーとして活動中。ファーストシングル『ONE』のミュージックビデオが公開中。また、韓国の人気音楽サバイバル番組『現役歌王』の日本版『現役歌王JAPAN』に出演し注目を浴びる。2026年2月には『現役歌王JAPAN』のミニアルバムが発売される。
—Beginning—
「埋もれたくない」歌で生き抜くと覚悟を決めた瞬間
― 幼少期はどんな子どもでしたか?
小学校低学年ぐらいまでは超目立ちたがり屋でした。でも思春期でこじれて(笑) 今は超人見知りです。家族はみんな音楽好きで、僕も小さい頃から音楽がすごく好きでした。ちょっと歳の離れたお兄ちゃんが2人いるので、「お兄ちゃんが聴いているからかっこいい」みたいな感覚もあって、「Def Tech」とか「19」とか少し上の世代の曲をいっぱい聴いていました。
― いつから歌い始めたのですか?
中学生になった頃に、友達とカラオケに行って「歌うまいじゃん」って言われて、そこから15年以上調子に乗り続けている感じです。本格的に頑張りたいと思ったのは中学卒業のタイミングですね。LDHの「VOCAL BATTLE AUDITION」を受けたのですが、二次で落選してしまったんです。それは歌で認められなかった初めての経験でした。悔しかったというか、脱落していく人たちの雪崩の中に埋もれちゃったな、という感じがして。それがすごく嫌だったんです。そこで火が着いて、本気で歌手になろうと思いました。

― では、高校から歌を本格的に始めたのですか?
高校時代はサッカー部にも熱中していたのでオーディションは受けていなくて(笑)。部活が終わって時間があったらカラオケで歌って、という繰り返しでしたね。でも、オーディションに落ちたときの嫌だった気持ちはずっと持ち続けていて。高校までは自分流で練習して突き詰めればオリジナリティが生まれると思い込んでいたのですが、高校を卒業してからはEXILEのATSUSHIさんが通っていた専門学校に行きました。
― 専門学校に入ってみていかがでしたか?
一番思い知ったのは、それまで本当にぼんやり練習していたんだなということですね。プロはこんなに細かいところまで計算して歌うんだという衝撃を受けましたし、年齢関係なくいろいろな人たちと戦って生き抜いていかないといけないという現実にも直面して。でも音楽をしっかり学べる専門学校の2年間は、待ち焦がれていた時間でもあったので、遊びもせずに夢中になって歌だけを突き詰めていました。特に最初の1年はすべてが新鮮で楽しくて仕方なかったです。
― 2年生からは意識が変わったのですか?
そうですね。年に3回コンテストがあるのですが、1回目はMVPを獲ることができました。ですが2回目は言い訳ができないくらい失敗して何も獲れなかった……。自分のすべてが否定されたような気持ちになってしまいました。でもやめようとか休もうとは全然思わず、自分で自分の機嫌を取りながら「やるしかない」と思っていました。
—Essence—
DIYな活動スタイルを選んだことで得られた俯瞰的視点
― 専門学校を卒業してからはどのように活動していたのですか?
2018年にYouTubeのオーディション企画から生まれたボーカルグループ「COLOR CREATION」のメンバーとしてメジャーデビューしたのですが、コロナ禍で活動休止になってしまって。その後、メンバーとJYTというグループで活動するようになり、他のボーカルグループと合体して、現在のJXJというグループになりました。この間に『現役歌王JAPAN』への出演もあって、激動の流れの中で活動している感じですね。
― グループの活動休止など活動の土台が変化することで、TAKUYAさん自身にはどんな変化がありましたか?
どうにか歌を続けながら生きていかなければ、という意識が明確に生まれました。COLOR CREATIONの活動休止後は、事務所もやめたので自分たちで裏方を含めてすべてを担わないといけなくなったんです。しかもライブを始めた頃は、コロナ禍でしたからね。ライブで声を出しちゃいけないとか、タオルを振り回しちゃいけないとか、制約がたくさんありました。お客さん全員がマスクをつけて、一人ひとり区画が分けられて距離がすごく空いた状態でライブを観てもらうような状況で。そんな中でチケットの売り方とか事務的なことをネットで調べながら、いちから始めていきました。

― イベントやライブもあまり自由にできず、歌以外にやらないといけないことも出てきた中で、何がモチベーションになっていましたか?
自分たちでいちから作ったからこそイベント自体への気持ちが高まるし、そこに来てくれるお客さんがいることもすごく嬉しかったんですよね。同時に、これまでスタッフさんがやってくださっていたことの大変さも身に染みてわかって。そうやって自力でやったからこそ生まれた、いろいろな気持ちがモチベーションに繋がっていたと思います。自分たちで事務作業なども含めて手がけることで、どんな条件下でも全力で楽しむために工夫できる柔軟性も身についたと思います。
—Future—
「歌のうまさ」を追求し続けたい
― グループの活動に加えて『現役歌王JAPAN』でも活躍されているTAKUYAさんですが、番組に出演してみていかがでしたか?
専門学校に入ったときに「自分ってぼんやりやってたな」と思ったという話をしましたが、あの感覚って新しい刺激があるたびに更新されていくんです。『現役歌王JAPAN』に出演したこともまさにそれです。端的に言うと「プロ意識をちゃんと持たなきゃ」ということを感じましたね。
― そのときに痛感した「プロ意識」とはどんなものでしたか?
審査員の方に「パワーはすごくあるんだけどな」と言っていただくことが多く、それがすごく印象に残っていて。僕の歌を聴いて「鳥肌が立つ」と言ってくれる人が多くて、僕の強みである中高音域の伸びがある、力強い声が人の心を揺さぶる要素になっているんだと思っています。でも、スタジオで歌いながら聴いている環境と、マイクで収音したものを画面越しに聴くのって全然違うんですよね。「ここをもっと切ない表現にしたら、あとからもっと感動の波が来るのにな」など、反省がたくさんあって。曲に向き合う時間がすごく長くなりました。
おかげで歌う曲の理解度がとても深まりましたし、生活の中でも今までとは違う角度で物事を見ることができるようになりました。それが一番の収穫だったと思います。
― なるほど。着実に進化してきたTAKUYAさんですが、これからどんな大人になっていきたいですか?
何をやるにしても楽しめる大人になりたいですね。僕に余裕がないことで他人に嫌な思いをさせたくなくて。ですので、気持ちに余裕のある人間になりたいと思っています。だからピリピリしている人を見ても「マジで嫌なことがあったんだろうな」って勝手に決めつけちゃうようにしています(笑)。

― 将来はどんなステージに立ちたいですか?
これまで、COLOR CREATION時代に「関西コレクション」に出演して京セラドームのステージに立つことができたり、『現役歌王JAPAN』で国際フォーラムでライブをすることができたり、周りの方々や環境のおかげで大舞台に立たせてもらえることが多かったんです。ですので、いつかは自分たちの力で万単位のお客さんを集めることが夢ですね。2025年は『現役歌王JAPAN』がきっかけでイベントに足を運んでくれる人が増えたのですが、まだまだ全然満足できていません。東急歌舞伎町タワーでのパフォーマンスなどもそうですが、ド直球に歌のうまさで人が足を止めるか止めないかが決まってくると思っているので、そういった一つひとつの出会いを大事にしながらこれからも歌っていきたいなと思っています。

文:飯嶋藍子
写真:山口こすも