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【NEXT UP! #10】Snugs:コロナ禍を乗り越えて、ファンと築いてきた“終わらない青春”

歌舞伎町

NEXT UP! インタビュー 観る
NEXTUP
DATE : 2026.01.14
劇場、ライブホール、屋外ステージ、路上ライブスペース、ナイトクラブ──さまざまな“表現の場”が、東急歌舞伎町タワーにはある。ダンサー、シンガー、アイドル、DJ…。そこで日々パフォーマンスを行うクリエイターたちの顔ぶれもまた、幅広い。

あらゆる価値観が交差する歌舞伎町に集う次世代の才能たちの、過去・現在・未来に迫るインタビューシリーズ「NEXT UP!」。

第10回は、ボーカルグループSnugsが登場。4人組ボーカルグループGReeeeNのプロデューサーJINが社長を務める芸能プロダクション“ハイスピードボーイ”への所属が決まり、活動が活発化する彼らにグループの軌跡を聞いた。

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<NEXT UP!的 推しポイント>

  1. ルーツは四者四様。共通するのは「歌うことが居場所」という思い
  2. 見る人を選ばない「なんか楽しそう」な4人組
  3. 「信じてよかった」と思ってもらえる場所へ。 大舞台へのビジョン
写真左:SEIICHI、中央上段:桑原健次、中央下段:杉田ゆういちろう、右:橋場万寿男

Snugs(スナッグス)

三重県出身の桑原健次、東京都出身の杉田ゆういちろう、SEIICHI、北海道出身の橋場万寿男の 4Vocalで構成される4人組ボーカルグループ。 それぞれの全く異なる声質を織り交ぜ、「等身大で飾らず熱いメッセージ」をモットーに全国各地のライブハウスやイベント、路上ライブにて活動中。​​2018年4月4日に結成。同年5月に1stワンマンを2Days行い、9月には渋谷TAKE OFF7にて200人動員の2ndワンマンを開催。 2019年3月には新宿ReNYにて700人動員の3rdワンマンを行い、同年7、8月には初の東名阪ワンマンツアー「ジョジョジョの序章」を開催。 2020年は東名阪に仙台と札幌を加えた、5都市ワンマンツアー「ARE YOU READY !?」を2、3月に開催。 2024年2月20日にはZepp Shinjukuでのワンマンライブを成功させ、2025年4月3日にはZepp DiverCity(TOKYO)でのワンマンライブを開催。2026年8月には再びのZepp DiverCityワンマンを控えており、ソールドアウトに向けて日々活動中。

Official WebsiteInstagram

—Beginning— 
4人はどのように出会い、Snugsになったのか

― まずは自己紹介をお願いします。

桑原健次(以下、桑原):Snugsのリーダーを務めている桑原健次です。三重県出身の33歳です。グループ内では「ガイコツ担当」って呼ばれています。もともと自分から名乗ったわけではなくて、ファンの方たちがそう呼び始めたのがきっかけなんですけど……(笑)。

杉田ゆういちろう(以下、杉田):杉田ゆういちろうです。29歳で、出身は東京です。立ち位置としては「元気担当」。自分で言うのは恥ずかしいですが、ステージでは感情を一番前に出す役割かなと思っています。

SEIICHI:東京出身のSEIICHIです。29歳です。見た目や雰囲気から年下っぽく見られることが多いんですが、実は三兄弟の長男です。

橋場万寿男(以下、橋場):橋場万寿男です。北海道出身で31歳。グループではヒゲとロン毛担当、ですね。

― 2018年から活動しているSnugsですが、どのような経緯で結成されたのでしょうか?

桑原:ある音楽プロデューサーの方からそれぞれ声をかけてもらったのがきっかけです。「4人組の男性ボーカルグループを作る」という構想があって、全員がボーカルを担当する、というコンセプトだけは最初から決まっていました。メンバー同士は、もともと知り合いだった者もいれば、ほぼ初対面の者もいて。でも不思議と、集まってみたら4人それぞれの個性が良い感じのバランスだったというか。

結成当初の写真

― みなさんが音楽を始めたきっかけを教えてください。

桑原:もともと、子どもの頃から歌うこと自体はずっと好きでした。ただ、性格的にはかなりシャイで、人前に立つのは正直得意ではなかったですね。中学生のときに一度だけバンドを組んだことがあって、そのときも「楽しい」という気持ちだけで終わってしまったんです。本格的に何かを目指すというところまではいきませんでした。

前列の右側が高校時代の桑原さん

転機になったのは、高校3年生の文化祭ですね。友人たちと組んだバンドで中庭のステージに立ったとき、想像以上の人が集まってくれて。その場にいたほとんど全員が僕らの前に集まっている光景を見たとき、「あ、こんなことが起こるんだ」と衝撃を受けました。

自分たちの歌や演奏に、これだけのリアクションが返ってくる。恥ずかしさ以上に、その体験がものすごく楽しかったんです。その後、三重から東京に出て大学生活を送っていましたが、就職活動が始まる頃、「このまま何もやらずに終わっていいのかな」と考えるようになりました。それなら一度やってから諦めようと思って。21歳くらいのときに、本格的に音楽をやろうと決めました。

杉田:僕の場合、小さい頃はどちらかというといじめられっ子気質で、人に何かを言い返したり、自分の意見を主張したりするのがすごく苦手でした。でも、小学生の頃に母に連れられて、人前で歌う機会があったんです。そのときに初めて、「あ、ここなら自分の気持ちを出していいんだ」という気がしたんです。

幼少期の杉田さん

普段の会話では言えないことでも、歌なら不思議と許されるというか、受け止めてもらえる気がして。歌うこと自体は元々好きだったので、それからは学校でも文化祭などで積極的に歌っていました。「ここが自分の居場所なんだ」という感覚が強かったですね。

SEIICHI:家族の影響もあって、小さい頃から音楽は身近な存在でした。ピアノを習っていた時期もあったし、家族でカラオケに行く機会も多くて。高校を卒業するタイミングで、「この先、何がしたいんだろう」と考えたときに、頭に浮かんだのが音楽でした。そこから専門学校に進んだんですが、1年で中退してしまって。一度は夢を諦めかけたんです。

幼少期のSEIICHIさん

それでも、やっぱり音楽から離れきれなくて。ボーカルスクールに通いながら、オーディションを受けたり、友人のライブに出演させてもらったり、手探りで活動を続けていました。当時はオリジナル曲を作ることもなく、自分の声に合う曲を必死に探して歌っていました。

橋場:僕はずっと野球をやっていて、プロ野球選手になりたいと思っていました。その夢は中学生くらいで終わってしまったんですが、大学まで野球は続けていて、将来は体育の先生になりたいと思って体育大学に進みました。

ただ、教育実習に行ったときに、「先生になるのは自分には荷が重いかもしれない」と感じてしまって。生徒の人生に大きな影響を与える仕事じゃないですか。覚悟が足りないまま目指してはいけない職業だなと感じて、進路を見直すことにしました。

野球部時代の橋場さん

一方で、「何かで有名になりたい」「表に出る仕事がしたい」という漠然とした気持ちは、ずっとどこかにあったんです。高校の同級生に誘われて上京し、シェアハウス生活を始めたものの、正直、何をするかは全く決まっていませんでした。

歌は好きでカラオケもよく行っていたので、「とりあえずボイストレーニングに通ってみよう」と思ったのが音楽との出会いです。スクール内のライブで初めて人前で歌ったとき、プロデューサーの方に声をかけてもらって、「試しにやってみない?」という感じで加入したのがSnugsでした。

― Snugsは2025年4月にハイスピードボーイに所属することが発表されました。それまではインディペンデントで活動されていたわけですが、楽曲制作はどのように進めてきたのでしょうか?

桑原:Snugsでは、曲ごとに担当メンバーが決まっていて、基本的には曲を書いた人が歌詞も書くというスタンスです。初期は僕と杉田が作曲していましたが、今では全員が曲を持ち寄っています。

― 作曲のスタイルもメンバーそれぞれ違いますか?

桑原:そうですね。鼻歌でメロディを作ってからトラックメーカーにイメージを伝える人もいれば、ギターでコードと歌詞をしっかり固めてから渡す人もいます。ただ共通しているのは、「4人で歌ったときにSnugsとして成立するか」をすごく大事にしているところです。

SEIICHI:実際、完成直前までいった曲でも、スタジオで合わせてみて「これはSnugsでやる意味がないかも」となれば思い切ってやめることもあります。それだけ、“Snugsらしさ”という基準が年々はっきりしてきたんだと思います。

—Essence— 
Snugsが8年間続いた理由と、変わらない核

― 結成から8年間。その間にグループとしてのモチベーションはどのように変化してきましたか?

桑原:最初は「やっとスタートラインに立てた」という感覚でがむしゃらにやっていました。辛かったのは、やはりコロナ禍のころですね。予定していたツアーやZepp公演がすべて白紙になり、「何を目指せばいいんだろう」と立ち止まる時間が続きました。本当に解散するしかないのかもしれないと思った時期でした。

それでも、「ここでやめるのは早すぎる」という共通認識が4人の中にあって。試行錯誤しながらでも続けてきた経験が、今では大きな自信になっています。今は、応援してくれるファンやスタッフ、家族にどうやって報いるか。それが一番のモチベーションです。

杉田:僕は、音楽に救われた経験があるからこそ、誰かの居場所を作りたいという気持ちがあります。同時に、このメンバーのポテンシャルを世に知らしめたい、という思いも強くて。そういう気持ちがずっと原動力としてあります。

― Snugsの強みはどこにあると思いますか?

橋場:青春感とか、部活感ですね。例えば共演者の人からも「ステージ上でミスがあってもなんか成り立っちゃうのがSnugsだよね」と言ってもらったことがあって。そういう感じって、出そうと思って出せるものじゃないので、強みかもしれないです。

桑原:どんな人でも、身構えずに観られるライブになってるってことだよね。音楽に詳しくなくても、「なんか楽しそうだな」って思ってもらえたらうれしいですね。

—Future— 
Zeppの先へ。Snugsが描くこれから

― 活動を続けていく中で、将来的にはどんなステージに立ちたいですか?

桑原:アリーナや、大きな会場を満員にする景色を見たいです。これまで時間やお金を使って応援してくれた人たちに、「信じてよかった」と思ってもらえる場所に立ちたいですね。

― 直近の目標を教えてください。

桑原:2026年8月のZepp DiverCity(TOKYO)でのワンマンライブです。2025年に一度立った場所だからこそ、次は満員にしたいんです。そこを越えないと、その先には進めないと思っています。

― 最後に、何度か出演されている「Kabukicho Street Live」への思いを教えてください。

SEIICHI:僕としては、一つひとつ目の前のことをやりながら、少しずつSnugsという形ができてきた感覚があるんです。だからこそ、今こうして歌舞伎町のど真ん中で歌えること自体が、すごく意味のあることだなと思っています。

桑原:路上ライブをやってきた原点を思い出しますし、今またここで歌えることがありがたいです。

杉田:人生が交差する場所で歌うことで、誰かの居場所になれたらいいなと思っています。

橋場:ゴジラより目立ちたいです(笑)。

文:MASHUP! KABUKICHO編集部

写真:山口こすも

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