「去年覚えた振りで、今年も踊れる」。音楽はやがて“街の記憶”になる

夏の盛りの8月、歌舞伎町 シネシティ広場。小粋な和太鼓のリズムに誘われるように、やぐらを囲む人々。夕暮れから夜へと空が深まるにつれ、その輪はどんどん大きくなる。最初は見よう見まねだった人も、気づけば体に振りが染みこんでいる。日本人も、海外から訪れた人も、同じ音楽に合わせて腕をあげ、足を運び、輪は幾重にも広がっていく。
古典踊りから始まり、J-POPにアニソン、洋楽ヒットソングまで。あらゆる楽曲が「盆踊り」になる。TM NETWORK「Get Wild」、椎名林檎「歌舞伎町の女王」など、新宿らしい選曲もニクい。新曲を取り入れつつ、こうした“定番曲”を毎年流すのも歌舞伎町BON ODORIのこだわりだ。「去年覚えた振りで、今年も踊れる」。そうやって、いつのまにか音楽が“街の記憶”になっていく。

この不思議で、なんとも魅力的な盆踊りを、DJブースから見つめていた人がいる。歌舞伎町商店街振興組合 専務理事の柴本新悟さん。このイベントの企画をいちから担い、当日はDJを務めながら、会場全体の“司令塔”となった人だ。

出演者を送り出すタイミングを計り、無線で各所と連絡を取り、時間が押せばその場で進行を組み直す。大盛況の2日間を終えた感想を伺うと、「事故なく終えられてよかったな、というのが一番です」と安堵を口にした。

今年は過去最高の集客となった歌舞伎町BON ODORI。しかしどれだけ規模が大きくなろうとも、柴本さんの心を動かすのは変わらぬ光景だ。
「歌舞伎町に集まったいろんな人種の方が、盆踊りでひとつになっている。その様子をDJブースから見ると、いつも感動するんです」(柴本さん・以下同)
人が人を呼ぶ! 個性豊かな出演者たちが集まるまで

実際、会場を眺めていると面白い。最初はおぼつかなかった人が、1曲、2曲と踊るうちに少しずつ周囲と動きがそろってくる。それを導いているのが、盆踊りナビゲーターの鳳蝶美成(あげはびじょう)さんだ。
「鳳蝶美成さんなくして歌舞伎町BON ODORIはない。それぐらい重要です」
柴本さんは迷いなくそう言う。踊りの手本だけでなくMCも務め、会場の「空気」を醸成するのが鳳蝶さん。「自分もやってみようかな」通りがかった人にも自然とそう思わせるような、唯一無二の力がある。

柴本さんと鳳蝶さんとの出会いは偶然。2019年のイベント初開催時、「盆踊りといえば、面白い人がいるよ」と設営会社から、たまたま紹介されたそう。そして鳳蝶さんとの縁が、さらに和太鼓アイドル・東京おとめ太鼓とのつながりを生んでいく。

聞けば聞くほど、歌舞伎町BON ODORIは、「人が人を呼ぶ」話が多い。たとえば、Smappa!Groupの会長で、歌舞伎町商店街振興組合の役員でもある手塚マキさん。日頃から組合活動に深く関わり、街の行事にも積極的に参加している。

「手塚さんのプロデュースする『好色一代男』に関しては、初回公演を観覧した際に真剣にやっているな、この道を極めようとしているんだな、という姿勢が伝わってきまして。それであれば、ぜひ出演いただきたいなと思ったんです」

“ホストだから”という珍しさではなく、表現者としてステージに立つだけの技術と矜持があるか。柴本さんが重視するのは、そこだった。
そして、手塚さんからつながった縁がもうひとつ。漫画家の東村アキコさんだ。歌舞伎町一番街で劇場「歌舞伎町Sparkle」を運営する東村さんを柴本さんに紹介したのも、手塚さんだったそう。

東村さんの出演は今年で3回目だが、初出演時から「歌舞伎町」を盛り込んだオリジナル盆踊り曲を制作するという気合い。「その熱意というか、出演にかける本気度をすごく高く感じています」と柴本さんは振り返る。
人から人へ、そして企業へ。広がっていく盆踊りの輪

「自分たちなら、この盆踊りに何を持ってこられるか」を考える。そんな人がまた次の人を連れてくる。その連鎖は個人から個人へだけではない。歌舞伎町に拠点を置く企業もまた、それぞれの形でその輪に加わっている。
今年初出演したレイザーラモンRGさんは、東急歌舞伎町タワーからの提案で参加。所属する吉本興業は歌舞伎町に本社を構え、以前から商店街振興組合とのゆかりもある。

東急歌舞伎町タワー内のTHEATER MILANO-Zaで公演中だったBLUE MAN GROUPも、そのひとつだ。きっかけは、BLUE MAN GROUP側から寄せられた「公演中、地域のために何かできないか」という相談。それを受けた東急から盆踊りへの出演が提案され、出演につながったという。

さらに会場には、歌舞伎町のランドマークとしておなじみの“あの存在”まで登場! ゴジラだ。新宿東宝ビル側からゴジラの立体像提供の申し出があり、企画が進むなかで、ちびゴジラの出演案も持ち上がり、2日間にわたる出演が実現した。


異色の顔ぶれが、ひとつのやぐらに集う理由

そうして気づけば、盆踊りのプロも、ホストも、漫画家も芸人も、大怪獣までもがやぐらを彩っている。それぞれが全力で楽しみながら、踊りの輪を広げていく。いったいどうしたら、こんな空間ができあがるのだろう。柴本さんは、自身の役割をこう表現する。
「皆さんがそれぞれの立場で、『歌舞伎町BON ODORIをこうやったら盛り上げられますよ』とアイデアを持ち寄ってくれる。それを僕が、パズルのピースとしてうまくはめられるか。その調整をするだけでいいと思っているんです」

自由な“パズル”が成立するのは、この街の懐の深さも理由のひとつかもしれない。イベントを企画したのは柴本さんだが、主催としてゴーサインを出すのは歌舞伎町商店街振興組合。その役員たちは、柴本さんたちの企画に対して、「やってみなよ」と背中を押してくれることが多いという。

「ほかの街の商店街振興組合と比べると、ファンキーな方たちが多いですよね」。柴本さんはそう笑う。歌舞伎町とともに歩んできた人たちの体温もまた、この空間を支えているのだ。
柴本さんが描く、歌舞伎町BON ODORIの「これから」

今年は過去最高の集客となり、特に2日目は「これ以上、人が入らないのではないか」と感じるほどの賑わいに。そんな歌舞伎町BON ODORIの「これから」を、柴本さんはどのように考えているのだろうか。

「外に向けての発信だけでなく、もっと“内側”ですね。歌舞伎町の中にいる方たちや関係者の輪も、より広げていきたいです」
歌舞伎町BON ODORIを中心に、人と人が出会い、熱を生み出していく。そしてそのつながりがまた、次の人へと広がっていく。そのイメージは、やぐらのまわりを幾重にも広がっていった、盆踊りの輪にも重なる。そんなことを思った。

その先に柴本さんが思い描くのは、案外シンプルな景色だ。「歌舞伎町を変えたい」というような、大きな理想を掲げているわけではない。まずは、自分たちのコミュニティがもっと面白く、活気あるものになること。

「僕たちのコミュニティの勢いが強くなって、結果として『なんか街が盛り上がっているね』というふうに見えれば、それで僕はいいと思っています」
来年の夏、歌舞伎町BON ODORIには、どんな新しい顔が加わっているのだろう。この街ではこれからも、誰かが持ち寄った新しい“ピース”から、思いがけない風景が生まれていく。

文:徳永留依子
写真:morookamanabu